Book-short-
□自己至上主義
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とある日の金曜日。爆豪勝己はいつも以上に苛立っていた。
「だあぁぁぁぁあ!!!」
「うるさい」
机の椅子にもたれ掛かり、顎を天に向けて仰け反っている。私はその様子を後ろから頬杖をついて眺めているわけだが、今日一日ずっとこんな感じだ。もう昼休みも終わろうとしているというのに、彼は苛立ちが収まらずにずっと眉間にシワを寄せていた。
「何なの、さっきから。耳障りなんだけど」
「うるせーよ……パクリ野郎が」
爆豪は天井を見上げたまま、らしくない程に力なく言った。予想外の反応に思わず私も言葉が詰まる。遠くからチラチラとこちらの様子を伺う上鳴や瀬呂の視線を感じながらトゲトゲしい会話はしばらく続いた。
話を要約すると、どうやら明日姪の面倒を頼まれたが爆豪には外せない予定があり、両親も旅行で不在のため途方に暮れているという。私にとっては心底どうでも良い話である。
「......やべぇ、閃いた」
「は?」
「おいお前、明日うちでアイツの面倒みろ」
話がおかしな方向に進みそうなことを察した私は早急に断る体制に入った。
「イヤ。子供苦手だし、それは無理」
「その日は親とかいねーからさ。ただ変なことしねぇか見てればいいだけだから余裕だろ」
「えー!爆豪くんちの姪っ子ちゃんの相手?楽しそう!」
そう言って話に入ってきたのは麗日 お茶子(うららか おちゃこ)だ。この流れに話をややこしくされそうな予感がしていた。そんなときはまず責任転嫁である。
「お茶子が行くって、よかったね」
「えー?鏡子ちゃんも行こうよ爆豪家!」
「……勘弁してよホント」
私の責任転換は呆気なく失敗に終わった。お茶子のあんなキラキラした目を見たら、断れないのが私の弱いところだ。そんなこんなで私とお茶子は、土曜日の早朝から爆豪宅に行くことになってしまったのだった。
当日、私達は予定時刻を少しだけ遅れて爆豪家の前に辿り着いた。轟の家程の大豪邸というわけではないが、それなりに立派な家である。お茶子は何のためらいもなく家のインターホンを鳴らした。
待ち構えていたかのようにガチャと音を立てて扉は開き、不機嫌そうな顔をした爆豪が顔を覗かせる。
「おっせぇよ、早く入れ」
「それが人様にものを頼む前の態度か 」
私は小さく呟いた。お茶子はごめんごめん、と普通に受け流して中に入っていく。確かに私が道に迷ってお茶子との集合時間に10分程遅れてしまったのが原因ではあるが、私は爆豪の態度はいつだって気に入らなかった。
「え、ちょっと何処いく気?」
「いちいちうるせぇ、予定あるって言ったろ。じゃあな」
私とお茶子が家の中に入るや否や、爆豪は大きなリュックを背負いスニーカーを履き、まるでこれから山登りにでも行くかのような格好でそそくさと出て行ってしまった。シンと静まり返った玄関で私とお茶子はあっけにとられて顔を見合わせた。
ありえない。自己中にもほどがある。
私達はしばらくの間、茫然と立ち尽くしていたが小さな声で“お邪魔します”と呟くと、なぜか足音を消して中へと足を踏み入れていった。
「誰、あんた」
広々としたリビングに入ると、大きなソファーにちょこんと腰かけた女の子が棒付きキャンディーを口に加えてこちらを見ていた。まだ5歳くらいだろうか。その目つき、口調、態度すべてにおいて爆豪の姪であることは明確だった。子供のくせに、初対面の印象としては最悪である。
「わ......私たち、爆豪くんに頼まれて来たんだけど......」
「勝にぃに?......ふーん」
その太々しい態度に、子供好きそうなお茶子も少しだけ戸惑っているように見える。私は論外だ。普通の子供ですらどう扱っていいのかわからないというのに、こんなに爆豪と同種の子供が存在するとなると相手にするのは不可能に近い。
「で?オバさん達、ここで何するの?」
「お......オバ......!!?」
私とお茶子は思わず声を重ねて聞き返してしまった。私達もまだ世間一般的に見たら子供の部類だろう。オバさんと言われるにはあまりにも早過ぎる。
「今日は爆豪クンに頼まれて休みの日なのにわざわざ遊びに来たの。お嬢ちゃん名前は?」
私は苛立つ気持ちを抑えつつ、冷静を保とうと努力した上で口を開いた。この子供と今日1日一緒なんて正直地獄である。
「知らない人に名前教えちゃダメだって言われてるから無理」
そう言ってその女の子はテレビを付け、生意気にもドラマの再放送を見始めたのだった。
「……むかつく」
私は腕を組み、口を尖らせて言った。我慢の限界である。帰り支度を始めるのは時間の問題だ。
「まぁまぁ落ち着いて鏡子ちゃん」
横では呆れた様子のお茶子が私を宥めてくる。なぜ彼女がそんなに心広くいつも笑顔で居られるのか不思議でならない。それがお茶子の良いところであり、尊敬するところでもあるのだが。
「ねぇ、せっかく来たんだし、お姉ちゃん達と遊ばない?」
お茶子はまるで幼稚園の先生のような優しい笑顔で微笑みかけた。いつも道ですれ違う見ず知らずの子供に手を振って笑顔を向けるほど、お茶子は子供好きなのだ。彼女ならあの生意気な女の子を手名付けられるかもしれない。
「いま私ドラマ見てるから忙しいの。帰らないならそこ座って大人しくしてて」
私の期待はあっという間に儚くも脆く崩れ去った。女の子の視線すら移さずに冷たく言い放つ姿に、さすがのお茶子もショックを受けたのだろう。本当に大人しくその場に座り込んでしまった。私もお茶子も言葉を失い、ただその子の行動を黙って目で追い続けたのだった。
そして、夕方。
私とお茶子の限界が近づき、ぐったりとしているところで家の扉が開く音が聞こえた。
「おう、悪ぃな!何もなかったか……どうしたお前ら」
リビングの床でぐったりとした私とお茶子見るなり、帰ってきた爆豪は疑問そうにこちらを見ていた。
何があったわけではない。数時間、ただ監視していた。何も悪さをしない大人びたその女の子は、私達を一切必要とせずに一人で1日遊び尽くしたのだった。
「勝にぃ!おかえりー!」
先程と打って変わって子供らしく可愛い声が廊下に響き、奥の部屋からその子が走ってくるのが見て取れた。
「おいミヅキ!悪さしてねぇだろうな!?」
そのまま爆豪に飛びつくように抱き付いたその子の名前を、出会って約10時間後やっと知ることができた。
「ミヅキ良い子にしてたよ!」
そう言って爆豪の胸に顔を埋めるその小悪魔的行動を取る姿に、子供の恐ろしさを感じた私だった。
それからしばらく、私とお茶子は子供不信に陥った。子供の無邪気な笑顔のその奥には、何が潜んでいるかわからない。あのお茶子ですら、道ですれ違う子供に手を振らなくなるほどトラウマが残ったのだった。
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