Book-short-
□全力生真面目少年
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「夏だぜ!」
「プールだぜ!」
「「水着だぜー!」」
教室の隅から聞こえてくる掛け声。視線を向けると窓際の一角には上鳴と峰田くんが右手を高く掲げている。
「しょーもな……」
「低俗ですこと……」
クラスメイトの耳郎 響香(じろう きょうか)と八百万 百(やおよろず もも)は呆れたように呟いた。私も同じように冷めた視線を彼らに送っているところである。
「一年で一番素晴らしい季節きたー!行くだろ爆豪も!」
「うっせ!話しかけんなアホ面!」
上鳴の騒がしさに苛立った爆豪は頬杖をついたまま鬼の形相で怒鳴り返している。関わりたくない気持ちは分からなくもない。だが、上鳴はへこたれることなく周りに声をかけて行った。
「みんなで思い出作ろうぜ!せっかくの夏なんだし!」
上鳴は楽しそうにはしゃいでいる。その横で峰田くんは相変わらず怪しげな目で何かを妄想しヨダレを垂らしていた。
「思い出作りかぁ」
私の横でお茶子が呑気に言った。私は思わずその思考に歯止めをかけようと声をかけた。
「下心見え見えのやり口に乗っちゃだめだよ、お茶子」
それを聞いた梅雨ちゃんはいつもなら峰田くんの挙動を非難する側なのに今回はそれをせずに言った。
「私、プール好きよ」
意外と乗り気な様子だ。まんまと彼らの思惑にハマりつつある流れに私は思わずこめかみに手を当て困惑していた。
「みんな予鈴だ!席に着けー!」
手を勢いよく振り下ろして叫ぶ飯田くんの声を聞きながら、みんなはぞろぞろと席について行った。
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ジリジリと照り付ける日差しと蝉の声。そんな炎天下のなか、私たちは市民プールへ来ていた。
男子は上鳴と峰田くん、飯田くんに緑谷、切島、瀬呂が参加することになった。爆豪は頑なに拒否を繰り返し、ついにブチ切れた経緯があり上鳴は誘いを途中で諦めたのだった。女子は私と梅雨ちゃん、お茶子、八百万さんが集まり、合計10人となる。
「うおぉぉぉぉお!!」
女子達の水着姿を目の当たりにした峰田くんは案の定、興奮の絶頂を迎えていた。梅雨ちゃんはボーダーの露出を抑えた水着、お茶子と八百万さんはふくよかな肉体が露わになったビキニ姿だ。
私はビキニ姿がやけに恥ずかしく、下半身はショートパンツのような水着を履いていた。正直、体型に自信はない。細身で身長も平均的な私は発育が進んだ彼女達が羨ましかった。
八百万さんは個性〈創造〉で浮き輪を創り出し、その上で横になりプカプカと浮いている。その他にもビーチボールやビート板を創り出してプールサイドに置いていた。
「いいなぁ〜!」
「オイラにもくれぇ!」
なんだかんだ言ってそれぞれが水遊びを楽しんでいる。そんななか、切島が何かを見つけキラキラと光る眼差しを向けて指差した。
「やべぇ!面白そうなのみーつけた!」
その視線の先にはウォータースライダーがある。
「あれ行くだろ!絶対!」
瀬呂もノリノリだ。その後間もなく嫌がる者の意見は受け入れてもらえないまま行列に並ぶことになってしまったのだった。
「やだな……こうゆうの」
私は初めてのウォータースライダーに緊張と不安が隠せない。経験はないが、苦手な予感を感じていた。
「僕も……こうゆうの苦手かも」
緑谷は前方で滑り降りていく人々を眺め顔面蒼白だ。
「オイラこれは求めてない……」
さっきまで高テンションを保っていた峰田くんは、打って変わってテンションが急降下していた。
「僕が先陣を切ろうじゃないか!」
そう言って一歩前進したのは、ビキニタイプの水着にゴーグル、引き締まった肉体。まるで競泳選手のような風貌の飯田くんだった。近年サーフパンツの水着が増えているなか、彼がブレることはなかったようだ。
恐れのない眼差しに、女子からは多少の黄色い声援が飛ぶ。それが裏目に出たのかもしれない。飯田くんは自身の番が来ると大きな声を上げて滑り降りて行った。
「学級委員長としてかっこ悪いところは見せられないだろう!」
ジュババババッ!!!
大きな音と水しぶきを上げ、立ったまま降りていく飯田くんをよく見ると、個性〈エンジン〉を使ってスピードを上げているようで、ふくらはぎからの噴射が凄まじい威力を振るっていた。
「かっこわりぃー!!」
切島と瀬呂はお腹を抱えて笑っている。私も思わず緩む口を手で覆った。
「コラ!君!座って滑りなさい!」
プールサイドにいた監視員に注意を受け、飯田くんは慌てたのか最後はまるで飛び込みジャンプのように水に潜って行ったのだった。
「次、私いくわ」
そう言って梅雨ちゃんは前へと足を進めていった。梅雨ちゃんはケロッと一声あげると、可愛らしく座って滑って行った。さすが、個性〈蛙〉である。着水も綺麗に決まり、とても楽しそうにこちらに手を振っていた。
「私も……いこうかな」
そう言って私も震える足を踏み出した。嫌なことは早めに終わらせたほうがいい。そんな気持ちが込み上げつつあったからだ。
「………!!」
ザザザザザッ!!バシャンッ!
思わず声が出ずに、無言を貫いて着水した。
「大丈夫か!鏡見くん!」
飯田くんはまた競泳選手のように綺麗なフォームのクロールで私の元へと泳いできた。
「……た……楽しかった」
嘘だ。もう二度と滑ることはしないだろう。私は生まれて初めて経験したウォータースライダーというものが苦手であると身体で覚えることに成功したのだった。すると、落ち着く間もなく背後から峰田くんの叫び声が近づいてきた。
「オイラこうゆうのは期待してないいぃぃぃぃい!!」
「危ない……!」
バシャシャシャシャッ!!ドッ!!
大量の水しぶきと鈍い音が鳴った。目の前に居たはずの飯田くんがいつの間にか私の背後にいて、後方から受けた水しぶきに私はすぐさま状況を理解した。峰田くんが滑り降り、私にぶつかりそうになったところを飯田くんが庇ったのだ。
水しぶきが消え、目を開けるとそこには気を失っている峰田くんを抱きかかえた飯田くんがいた。
「鏡見くん!怪我はないか!?」
飯田くんの厚い胸板に頬を擦り付けている峰田くんに呆れながらも、私は飯田くんのヒーローらしい行動に感動していた。
「あ……ありがとう」
私はなぜか目を見ることができず、少しだけうつ向いてお礼を言った。
「おーい!大丈夫かぁ!」
切島を先頭にみんなが階段を降りてこちらに向かってきている。
「こちらは問題ない!だが、峰田くんはしばらく休んだ方がよさそうだ」
そう言って小さな峰田くんを抱きかかえたまま、飯田くんはプールサイドへと歩いて行った。その背中は広く、どこかカッコ良く見えたのだった。危うい場面に遭遇したことによるこの心臓のドキドキ。私は飯田くんの姿をしばらく見つめながら心臓を落ち着かせていた。
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翌日、こんがり日焼けした10人はクラスのなかで明らかに浮いていた。それでも今日も予鈴が鳴ると飯田くんの声が教室中に響いている。代わり映えしないその光景に私は思わず口元を緩ませたのだった。
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