Book-short-

□嘘つきは泥棒の始まり
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ここはヒーロー科1年A組の教室前の廊下。休み時間のざわめく教室から外れても、そこは他クラスの生徒で賑わっていた。そこで私と上鳴、峰田くんの3名はコソコソと集まっていた。正確に言うと、彼らに呼ばれて私はここにいる。

「いいか、鏡見よく聞け」

上鳴は周りに聞こえないくらいの小さな声と神妙な面持ちで言った。なにか重要な話でも始まるのだろうか。私と峰田くんは声を拾おうと上鳴に近づき耳を傾けた。

「ミッドナイト先生の個性はな、男を誘惑する香りを放つらしい」

「は?」

実に興味の湧かない話に、思わず上鳴の口元から耳を話してしまった。

「まぁ聞け」

上鳴はまるでこの話には続きがある、とでも言うかのように私の腕を引いて元の位置に戻させた。

「ミッドナイト先生の香りを嗅ぐと誰でも虜になっちまうらしい」

くだらない。雄英の教師をしているということはプロヒーローであり、それなりの実力を備えているのは確かだろう。だが、そんな個性が通用するほど世の中甘くはない。

「なにそれ。何の役に立つわけ?」

私は呆れたように言った。すると身長が低めの峰田くんは、私達より少し低い位置から物申した。

「立つさ!男も女も関係なく虜になるんだ!捕縛も侵入捜査も容易になる!」

峰田くんは、いつになくキラキラした目をしていた。何を想像しているのだろう。彼の変態癖はそろそろ危ない域に来ていると、最近感じている。

「男じゃなくてもメロメロに出来るって所がミソだぜ!」

いつもと変わらない上鳴は明るく自慢げに言うが、私にはまったく魅力も興奮も感じることはなかった。なぜ私がこんな話を聞かされているのか疑問でならない。

「いいよなぁ!俺も虜にされてぇぇぇぇえ!」

峰田くんはさらに興奮を拗らせ、少量の鼻血を出していた。

「あの相澤先生ですら、いま虜になってるって噂だ」

「……え?」

上鳴の言葉に、私の頭は一瞬にして真っ白になった。聞き間違いではない、消太さんがミッドナイト先生の虜……その言葉が頭の中で反響し、しばらく呆然としていた。

停止した頭をそのままに廊下の一点を見つめていると、私の視線の先に偶然にも消太さんとミッドナイト先生が二人並んで歩く姿が目に入った。

「ほらな」

上鳴はスクープを激写したマスコミのごとく意地悪そうにニヤリと笑った。




_____________




その日の夜、私は居ても立っても居られず消太さんに聞いてみることにした。

「消太さん」

食事を終えた消太さんは、床にあぐらを掻いて座り愛猫を優しく撫でている。私はその横に正座し、真剣な表情で話し始めた。

「いま、好きな人とかいるんですか?」

「は?」

唐突すぎる私の問いに、予想通りの反応が返ってきた。気だるそうな表情が、無造作に伸びたボサボサの髪の隙間から覗いている。

「いや、だから何か虜……じゃなくて気になる女性とか」

私は少し挙動不審になりながらも、少しずつ遠回しに攻めていくことにした。

「俺にそんなもんいると思うか?」

視線を私に向けたまま、消太さんは愛猫の背中を毛並みに沿って優しく撫でている。

「思いませんけど……消太さんもいい歳だし」

「悪かったな」

自身の手をぎゅっと握りしめ、もどかしい気持ちを抑えながら少しずつ本題に入っていく。聞きたいようで、聞きたくない。正直この話題に触れることはとても怖いことなのだ。

「そうじゃなくて!消太さんとは10年近く一緒にいるけど、全くそうゆう話ないし」

「なくても何も不便してない」

冷静に、考える様子もなく即答する彼を目の前に、それが本心なら嬉しいと多少の期待を寄せてしまっていた。

「そうかもしれないですけど……なんか、私に気を使ってるのかなと思ったり……」

「なに言ってんだお前、今日何か変だぞ」

呆れたように言う消太さんは、猫を撫でる手を止め言った。

「俺は女に興味ない。もちろん男にも興味ない」

嘘偽りないまっすぐな目だ。だが、私は自分の胸に引っかかった何かを取り除きたくて我慢しきれず尋ねた。

「ミッドナイト先生は?」

「……は?」

一瞬、無音とも言える時間が流れた。まるで時が止まったかのように2人は目を合わせたまま固まっていた。

「今日、楽しそうに二人で喋ってたし」

「いつだよ、どうせ仕事の話だろ?あいつはイかれてる。いい歳してあんな破廉恥な格好して。俺はあーゆー軽い女は好きじゃない」

呆れたように言う消太さんに、私は真面目な表情を変えずに言った。

「でも上鳴が消太さんがミッドナイト先生に虜になってるって……あ」

「上鳴?」

その名前にピクリと反応する消太さんの目は、一瞬にして色が変わった。どういうことだと問い詰められ、私は正直に今日の会話の一部始終を消太さんに話したのだった。

「まったく、馬鹿なこと吹き込みやがって……」

消太さんの呆れ具合は頂点に達したようだ。こめかみに手をやり、がっくりと肩を落としている。少し苛立ちも感じているようだ。大きなため息をつき、呼吸を整えた後に消太さんは話始めた。

「ミッドナイトの個性〈眠り香〉は相手を虜にするんじゃなくて“眠らせる”んだよ」

「え!?」

「考えりゃわかることだろ……。どこにそんなふざけた個性持った奴がいる」

「た……確かに」

お前も何信じてんだ、とでも言いたげなその口ぶりに、私も思わずうつ向いて冷静に考えてみた。やはり、ろくな個性じゃないと感じたあの感覚は間違いではなかったようだ。それなのに彼らの口車にまんまと乗っかってしまったことに落胆する。

「安心したか?」

「……はい。変なこと聞いてごめんなさい」

涙が出そうなほど自分を残念に思っていた。こんなこと聞いた私は馬鹿だ。そう思っていると、消太さんは私の頭をポンポンと撫で、呆れた表情のまま優しく言った。

「ったく。易々と騙されんなよ」

「いつまでも子供扱いしないでください……」

とても優しい目で言う消太さんに、私はいつもと違って力なく言った。こう言って反抗するのは高校生になってからだ。だが、彼はいつも優しく受け流していた。

「俺にはお前が大人になるまで見届ける義務がある。それまではそばにいるから。そんな顔すんな」

私の目には安心したことによる涙が溜まっていた。溢れてはいない。だからまだ泣いてはいないのだが、消太さんには間もなく流れる涙がバレバレのようだ。

「それなら……これからもずっと子供でいます」

私は溢れそうになる涙を堪えながら笑ってみせた。その答えに消太さんも口元を緩ませながら言う。

「馬鹿言え」

照れくさくて冗談のように言ってはみたが、これが私の本心だ。大人になったら離れ離れなんて、考えられないことである。これからも、ずっとずっと私は消太さんと共に生きる。

彼は私の唯一無二の家族なのだから。




翌日、上鳴と峰田くんが消太さんから職員室に呼び出され、怒りのこもった視線で脅されるように注意を受けたのは言うまでもない。


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