Book-short-

□プレゼントはいつも突然にA
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ここは県内最多店舗数を誇る木椰区ショッピングモール。今日は学校が休みということで、私は消太さんと買い物に来ている。消耗品である捕縛武器を新調しに来たのだ。

晴天の休日といういかにも混雑しそうな状況のなか、私たちは暑さを耐え忍んで外出に踏み切ったのだった。強い日差しで溶けてしまいそうな消太さんは、日陰を選んでここまで歩いてきた。それはそれは大変な道のりであった。

「消太さん……これって合理性に欠きますよね」

明らかに遠回りをしている行動に、私は思わず言った。

「……いや、これが最も合理的な手段だ」

一段と気だるそうな表情で彼はショッピングモールの敷地内へと入っていく。額からは汗が垂れ、顔色はいつも以上に悪い。もう季節は夏だというのに全身を黒色の服で包み、髪は相変わらず肩まで無作法に伸びている。見るからに暑そうだ。

「鏡子」

私が日差しにあたりながらも最短ルートでショッピングモールの入り口を目指していると、消太さんに呼ばれて足を止めた。

「こっち」

少し後ろで親指で右方向を指差して立っている彼。私がここに来るのは初めてではないのに、どつやらまたおかしな方向へ進もうとしていたようだ。彼はこのやり取りにも慣れてしまっているようで、呆れもせず当たり前のように正しい道へと進んでいった。少し前を歩いていたはずの私が、いつの間にか消太さんの後ろをついて行く。そんな光景はいつものことである。

恥ずかしいような、悔しいような思いを抱いたまま私は建物に入った。冷房のきいた空間がそこには広がっている。冷気に包まれると、彼は少しずつ活力を取り戻していった。

「よし、さっさと買って帰るぞ」

「そうですね」

到着して早々の帰る宣言。これがデートなら一瞬にして引いてしまう発言だろう。だが、私はもちろん彼が極度のインドア派であることを知っている。発言に違和感はなく、むしろこのショッピングモールへ来たことに感心していた。これだから消太さんにはずっと浮いた話がないのかもしれない。でもそれは私にとって心底嬉しいことであった。

冷房の効いたこの環境での消太さんの動きは見違えるほどに良くなっていた。行動すべてに無駄がない。フロア案内図を見たかと思えば、最短ルートであっという間にお目当てのお店へ到着し、特注で依頼していた2人分の捕縛武器を受け取ることが出来た。

「帰りも地獄だな……。ったく、これだから夏は嫌いなんだよ」

少し苛立った様子を見せる消太さんに私は口を開いた。

「水分補給してから帰りますか?」

少し憂鬱そうな顔で帰りの風景を想像している彼を眺めながら、私はエスカレーター横のソファに腰掛けた。

「そうだな……そうするか。鏡子、お前はここで待ってろ。ジュースでも買ってくる」

大人から子供までが集まるこのショッピングモールはいま混雑のピークを迎えている。人が行き交う空間に消太さんは消え、私はソファに座ったままその場をじっと見つめていた。


_______



遅い。

私が少々短気なだけかもしれないが、飲み物を買いに行ってもう15分になる。いくら混雑しているとはいえかかりすぎではないだろうか。

私は少し不安になったこともあり、立ち上がって辺りを見回してみた。すると遠くから、二つの紙コップを手にした消太さんが歩いてくるのが目に入った。

「悪い、遅くなった」

そう言って私にジュースを差し出す。やはりこの混雑だ、飲み物を買うのも一苦労なのだろう。私はお礼を言って受け取り、ゴクゴクとあっという間に飲み干してしまった。

2人はほんの少しだけその場で休息していたが、用が済んだ消太さんはそろそろ帰りたくなる頃だろう。

「………よし、帰るか」

案の定、遠くを見つめながら一言呟いた。捕縛武器は手に入った。もうこの場所に用はない。私と消太さんは飲み干した紙コップをゴミ箱へ捨て、出口へ向かって歩き出した。

「ん」

2人で並んで歩いていると、突然私の目の前に小さく包装されたものが差し出された。消太さんの指で摘まれたそれが何を意味するのか、すぐに理解することは出来なかった。

「ほら」

もともと口数が少ない消太さんの言葉はあまりにも簡潔で伝わりづらい。

「な……なんですか?これ……」

そっと手に取ってテープで止められた部分を剥がし、中を確認する。

「うん?さっき買った。欲しがってたろ」

中には、黒色のパワーストーンで作られたブレスレットが入っていた。私が以前、『パワーストーンのブレスレットが欲しい!』と話していたのを覚えてくれていたようだ。

私はあまりに驚いたことで歩いていたはずの足は止まり、その場でただブレスレットを見つめて立っていた。飲み物を買うのに15分もかかった意味が今わかった。私は彼がお店で選んでいる姿を想像しながら、そっと包装から取り出し手首にブレスレットを通してみた。

「すごく……嬉しいです、消太さん」

覚えていてくれたことと、プレゼントをくれたことが心から嬉しくて、私の目にはまたしても涙が滲む。

「ばか、こんなことで泣くな」

私が泣くことを察したのか、彼は振り返ってこちらを見ていた。今にも溢れそうな涙を必死に堪えながら、私は手首につけたブレスレットをもう片方の手で包み込んだ。また宝物が一つ増えた。これは常に肌身離さず身につけよう。私のお守りだ。

「消太さん!ありがとうございます!」

私は少し先を歩き始めている消太さんに向かって叫び、早足で駆け寄ると広く暖かいその背中へ思い切り飛び込んでいった。たまには甘えてもいいだろう。大人として扱ってほしいと思う気持ちもあるが、私はやっぱりまだまだ子供だ。



あとから調べて分かった事実。このパワーストーンは“ブラックスギライト”。別名“試練の石”。偶然か狙ってかはわからないが、知っていて選んだとしたら、きっと消太さんは雄英の校訓である『Plus Ultra-更に向こうへ-』を意識して買ったに違いない。

どんな理由であれ、これは私の宝物だ。私は今日もその黒く光るブレスレットを右手に付けたまま学校へ向かうのだった。




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