Book-short-
□プレゼントはいつも突然に@
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「アゥッ!鏡見、ハウアァユウ?」
廊下を歩いていると、突然英語教師のプレゼント・マイク先生に話しかけられた。この人はちょっと苦手だ。テンションについて行けないのだ。加えて私は英語が苦手である。高テンションと英語の使い手となれば、拒否反応が出るのは仕方ないことではないだろうか。
「どうも」
私はあまり関わるのはよそうと判断した結果、差し支えない程度にペコリと頭を下げてすれ違った。
「っておいっ!」
先生の時折出す口元のスピーカーを経由した声も、少し耳障りに感じる日もあった。この人はラジオのパーソナリティとして人気があるプロヒーローらしいが、私は一度もそのラジオを聞いたことがない。
「なにか」
反応の悪い私に、少し苛立ちを感じているようだ。素の顔がそうなのかもしれないが、ちょっと機嫌が悪そうに見える。
「まったく、釣れねぇ感じがイレイザーヘッドそっくりだな」
そうか、ここの教師は私と消太さんの関係を知っている。ということは、私の一族のことも知っているのだろう。
「ちょっと職員室来いよ、見せたいもんがある」
私は訳も分からないまま職員室へとついて行った。あまり職員室へ行く機会はない。というか、そもそも行きたくない場所である。なぜなら先生がたくさんいるから、という単純な理由だが。
教室のある校舎を離れ、渡り廊下を通じて隣の建物へ移動する。その間、彼はずっとしゃべり続けていた。
「俺はな、イレイザーヘッドとは同期なんだぜ!」
「コードネームも俺が付けてやったんだ!」
「あいつとは同じクラスで一緒に……」
過去の話をするプレゼント・マイク先生のサングラスの先にある瞳は、キラキラと光っていた。相当楽しい思い出だったのだろう。消太さんの同い年ということは、もう30を超えている。それでも、なんだかまだ子供のような何かを感じた。
ガラガラッーーーーーー
「ありゃ?」
職員室に着き、プレゼント・マイク先生が扉を開けると、力のない声を出して驚いていた。そこには席に座って仕事を進める消太さんの姿。
「おいおいイレイザーヘッド!お前次模擬演習だろ?!なんでまだここに居んだよ!」
なぜか焦った表情で駆け寄っている。すると、その声に反応して振り返った消太さんの視界に私も入ったようだ。
「鏡子……?」
「わぁぁぁあ!何でもねぇ!さっ、鏡見!教室に戻ってちゃんと次の時間の準備をしようぜ!なっ!」
明らかに動揺している。この慌てようは何なのか、私には見当もつかなかった。
「待てよマイク。鏡子連れて職員室来るなんて何するつもりだった?」
目が光り、髪が逆立っている。“個性”を使っているのだろうが、それにプラスして怒りも込められているようだ。
「ち……ちげぇよ!俺はちょっと……!」
慌てふためくプレゼント・マイク先生。2人は昔からの友人のようだが、消太さんの沸点を理解していないのだろうか。消太さんの逆立った髪はいつものように肩へ降り、気だるそうな目はこちらへ移された。
「鏡子、なんて言われてここへ来た?」
私は意味の分からないままありのままを答えるしかなかった。実際、ただついてきただけなのだ。
「見せたいものがあるって……」
私がそう言うと、またギロリと睨む視線はプレゼント・マイク先生へと注がれ、それを受け取った彼はギクッと体を弾ませていた。
「わ、わかったよ、そんな睨むなよ……」
そう言うと、観念したかのように消太さんの隣にある自分の机から一枚の写真を取り出してみせた。
「これを見せようと……」
ーーーーーグシャリッ!
プレゼント・マイク先生の手元から一瞬にして消えた一枚の写真は、その瞬間消太さんの右手の中にグシャグシャに収まっていた。爆豪並みのすごい形相でプレゼント・マイク先生を見ている。
だか、その一瞬の出来事でも私の視界はしっかりとその内容を捉えていた。
「それって消太さんが学生時代の……!!!」
「あっ!おい!」
私は狙った獲物を逃さない猫のように、素早く消太さんの手の中から写真を取り上げた。丸まった写真を広げると、そこには若かりし頃の消太さんとプレゼント・マイク先生の姿があった。
「初めて見た……消太さんの昔の写真……」
私は感動して声が震えていた。今の私と同じくらいの歳だろうか、制服を来てぶっきら棒な顔をして写っている。今とそんなに変わりはない。
グシャグシャの写真をじっと見つめる私に、消太さんは顔を赤らめながら頭を掻いていた。
「何でそんなもん残してんだよ……」
諦めがついたのか、私から写真を奪おうとはしない。もはや、羞恥心だけが彼を襲っているのだろう。
「だってこれレアなんだぜ!イレイザーヘッドは写真に写りたがらないし、昔のもんはすぐ処分しちまう!だから俺がこうして大事に取っといてやってんの!」
プレゼント・マイク先生は下唇を前に出してふてくされたような表情をしていた。
「お前の大事な愛弟子にくれてやろうと思ったのさ!親友として!」
そういって腕を組み、仁王立ちをする姿を見て私は少しだけプレゼント・マイク先生に好感が湧き始めていた。もちろん恋愛感情ではない。それでも、ほんの数分前に抱いていた彼へのイメージはガラリと変わっていた。
私はその日から、その写真を部屋に飾っている。お守りのように、私もいつか消太さんのような立派なヒーローになれるように。
「さてと。ちょっと勉強でもしようかな」
そう独り言を呟き、私はリュックから英語のテキストを取り出すのだった。
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