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□お前は俺の実験台
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「おい、鏡見。ちょっと顔貸せ」

昼休み。席を立ち教室の扉へ向かうと目の前に立ち塞がる男が一人。

爆豪 勝己、1年A組一番の口が悪い嫌な奴だ。鋭い目つき、偉そうな態度、自信が溢れすぎている表情。何もかもがいけ好かない。

「なんか用ならここで言ってよ」

私は笑顔一つ作らずに答えた。彼はおそらく私が嫌いだ。入試以来いつも、何かと突っかかってくる。だから私も彼が嫌いだった。

「てめぇに断れる選択肢はねぇよクソがっ。黙ってついて来りゃいいんだよ」

バチバチと今にも音がなりそうな程、睨み合う2人。不穏な空気を察知したクラスメイトの瀬呂 範太が間を割って仲裁に入る。

「オイオイこんなとこで何睨み合ってんだよ。仲良くやろうぜ」

良かれと思って間に入ってくれたのだろう。だが、そのときの2人は穏やかではなかった。睨み合っていた視線はそのまま瀬呂へ向かい、彼は2つの鋭い視線を浴びる結果となってしまった。

「うるせぇ、しょうゆ顔黙れ」

蛇に睨まれた蛙のように固まった瀬呂。すぐさま彼を救済すべくクラスの副委員長、八百万 百は瀬呂の腕を掴んで無言で教室の中へ入って行った。その背中は『あの2人の喧嘩に関わってはいけません』と言っているようだった。



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結局場所を移すことになり、2人はいま屋上にいる。晴天が清々しく、空を飛ぶ鳥たちもとても優雅に見える。

「で、なんなの」

そんな素敵な空の下、こちらは嵐の前の静けさだ。凄まじく不穏な空気が流れていた。

「必殺技を考えたんだ。お前実験台になれ」

「は?」

唐突な命令に思わず聞き返してしまった。必殺技?実験台?彼の言ってくることは納得の出来ないことだらけだ。

「デクじゃ実験台にもならねぇんだ、頼むぜ鏡見」

“デク”というのは、爆豪の幼馴染というクラスメイトの緑谷 出久のことだ。奴は緑谷の名前を蔑称でデクと呼んでいるのだ。

「あんた、まだ緑谷に意地悪してるの?いい加減にしなよ」

私は腕を組み、仁王立ちで説教じみたことを言い放ってみた。すると、明らかに苛立つ表情に変わる爆豪。眉間のシワが凄いことになっている。

「うるせぇよ……!お前には関係ねぇだろ!」

そう言って爆豪は両手首を合わせ、指先を広げた状態でこちらに掌を向けてきた。まるで大砲でも打つかのような構えだ。

さすがにまずい雰囲気を感じた私はすぐさま個性を使い、相澤消太へと姿を変えた。そして、瞬時に〈抹消〉を使い爆豪の個性を消した。

「ちっ……くしょう!てめぇ今あのセンコーをパクってやがったのか……!」

不発に終わった“必殺技”とやらに、苛立ちが隠せない様子だ。だが、私も学校の屋上で、しかも授業でもない時間に個性をぶつけ合って大事を犯すわけにはいかない。それで退学になったら身も蓋もないのだ。

私は瞬きをし〈抹消〉を解くと同時に〈模写〉を止め、元の姿に戻った。

「そうゆうのは別でやってよ。昼休みが終わっちゃうから戻るね」

私はそう言って爆豪に背中を向けた。まさか背を向けた相手に攻撃はしないだろうと思ったからだ。だが、私の判断は間違っていた。爆豪は背を向け歩き出した私に必殺技を試そうと掌を向けていたのだ。

「こっち見ろよパクリ野郎!スタン……!」

私はその声に慌てて振り返る。だが、それはまたもや不発に終わっていた。

「何やってんだ、お前ら」

その声に振り返ると、屋上にある貯水タンクの上に本物の相澤 消太がしゃがんで〈抹消〉を使ってこちらを見ていた。

「教師の管理下にある訓練以外での校内の個性乱用は禁止されているはずだが」

そう言って爆豪の後方へ降り立つ姿は、呆れているようで、冷静な怒りが籠っていた。さすがにマズイと思ったのか、爆豪の額にも汗が滲む。

「まったく、こんなところで。つくづく合理性に欠くねキミら」

ボリボリと頭を掻き、気だるそうにゆっくりと近づいてくる姿は実に不気味だ。爆豪の後ろに立った彼は、ギロリとした視線を向けて言った。

「何しようとしてたんだ」

爆豪が私へ背を向けていることをいいことに、口元だけ動かして『こいつが仕掛けてきたんです』と言い訳をした。チラリとその様子を見た消太さんだったが、その視線はすぐに爆豪へと移される。反応はない。

「違げぇよ、閃光弾(スタングレネード)試そうとしただけだ。害はねぇよ」

そう言って不貞腐れたように掌をチカチカと光らせた。目くらましか何かだろうか。だが、今はあの程度でも先ほど放とうとしていたのはもっと強力だったに違いない。表情一つ変えない消太さんは、冷静に私たち二人へ忠告した。

「忘れるなよ、担任は俺だ。おかしなマネばかりしてると、いつでも除籍にするからな」

殺気のような圧を感じた2人はビクッと体を揺らし、ゴクリと唾を飲む。除籍なんて御免だ、ここで学ぶことは山ほどある。こんなただの喧嘩で夢を終わらせるわけにはいかなかった。

「そ……そろそろ午後の授業始まるね、教室帰ろっか爆豪」

私は一生懸命に平常心を保ち、引きつる顔のまま爆豪に投げかけた。

「お、おう」

爆豪も、らしくないと言っては失礼だが不自然極まりない表情を見せながらも空気を読んで答えた。2人は無言で階段を降り、1年A組の教室を目指して歩いていく。会話は一切ない。

「あ、戻ってきましたわ」

心配そうな顔をした八百万さんが教室から顔を出した。そうか、彼女が消太さんを呼んでくれたのか。その声に続くように教室からは瀬呂が出てきた。

「無事だったか……凄い形相で教室出てったから心配したぜ」

数分前より遥かに大人しくなって帰ってきた2人を見て、八百万も瀬呂も少し不思議そうな顔をしていたが、ひとまず安心したのだろう。私達は教室に入ってそれぞれの席に着いた。

間も無く次の授業が始まる時間だ。ミッドナイト先生が次の授業のプリントを列ごとに配っている。私はそれを眺めながら、先程の出来事を思い出していた。

ぼんやりとした思考の中でふと斜め前に座る爆豪を見ると、プリントを後ろへ回す際にこちらへ向かって中指を立てていた。

このときはっきりと実感した。私は彼が嫌いだ。きっとそれはこれからも変わることはないだろう。同じ土俵と言われてもいい。ヒーロー志望とは思えない行動だと言われてもいい。

止められない私の中の苛立ちはもはや言うことを聞かない。私の右手は彼に向かって中指を立て返していた。

爆豪 勝己、こいつにだけは絶対負けない。これは私が静かに心に誓った記念すべき日のお話だ。





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