Book-long-B

□決定事項
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突然告げられた消太さんからの宣告に、私は動揺を隠しきれずにいた。

「嫌だ……!嫌です!!別々に暮らすなんてそんな……!」

私はガタンッと音を立てて椅子から立ち上がり、必死の思いで訴えかけた。だが、消太さんは視線をそらし、変わらず淡々と話を続けていく。

「拒否権はない。これは決定事項だ」

「そんな……!どうして……」

次第に視界が涙で滲み、それらは止まることなく溢れてきた。別々に暮らすなんて考えたこともないし、想像をすることすら出来ない。ずっと一緒に居られると思っていた。離れ離れなんてあり得ない、私にとって唯一の家族なのだから。それがまさか、こんな形で突然に突きつけられるとは思ってもみなかった。

「新しい宿はもう目星がついてる。8月の中旬にはそこに移ってもらうから、それまでにちゃんと部屋の荷物纏めとけよ」

「そんな急に……勝手すぎますよ、消太さん……」

私は小さく呟くようにそう言うと、涙を拭いながら自分の部屋へ入っていった。消太さんが私を呼び止める声が聞こえた気がしたが、バタンと閉めた扉の音がやけに大きくそれをかき消していった。

庭では鈴虫の鳴き声がしている。だが、今は風情なんてものを感じる余裕はない。無気力な気持ちと共に体から力の抜けた私は、扉に寄りかかったままズルズルとその場に座り込んだ。

何故こんなことになってしまったのだろう。消太さんは私が起こした数々の無茶な行動に嫌気がさしてしまったのだろうか。もしくは私の存在が邪魔になってしまったのだろうか。考えても考えても、家を追い出されるほどの理由が思い当たらなかった。それでも彼の言っていることが冗談でないことに私は気づいていた。“ここを出る”という未来に向けて着実にカウントダウンが始まっていることは確かだ。

「嫌だ……そんなの絶対に……」

私は体育座りのまま俯き、しばらく顔を埋めて泣いていた。とめどなく溢れる涙は私の腕や太ももを濡らし、時折呼吸を乱していく。考えないようにしても、頭には意識とは反対に消太さんの言葉が反復して聞こえてくる。私は膨れ上がる不安と悲しみを、しばらくの間涙と共に静かに消化し続けていった。



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