Book-long-B

□失われたもの
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「我があの場に着いたとき、すでにラグドールの様子は普通ではなかった。息はあるものの外傷はなく、まるで魂を抜かれたような……抜け殻のようだった」

私とマンダレイの涙が落ち着いた頃、眠るラグドールの様子を見守りながら虎は口を開いた。私も廃ビルで少しだけ見かけたラグドールの姿にとても違和感を感じていた。行方が分からなくなってから、一体彼女の身に何があったというのか。ベッドの上では綺麗な肌を残したままのラグドールが瞳を閉じて眠っている。

「先ほどの診察で分かったことだが、ラグドールはどうやら個性を失ったらしいのだ」

「え……!?そんなことって……」

私には虎の言っている言葉の意味がすぐにはわからなかった。“失った”とはどういうことなのか、そんなことが起こり得るものなのか。私はこみ上げるたくさんの疑問の中から真っ先に気になることを口にした。

「じゃあ、ヒーロー活動はこれからどうなるんですか……!」

その言葉に病室には一瞬の沈黙が立ち込めた。マンダレイとピクシーボブは辛そうな表情のまま視線を落としている。虎はそれを横目に見た後、ゆっくりと重い口を開いた。

「現状では厳しい状況にある」

虎の返答に私はそれ以上を返すことができず、ただ口をパクパクとさせていた。こんな時になんと言ったらいいのか言葉が見つからない。慰めも、今は何の意味もなさないということは分かりきっている。流れる沈黙の時間をとても長く感じていると、虎は私の目をじっと見つめて続けた。

「ただ、そうなった原因が明らかなのも事実。おそらく、ラグドールの個性はあの場にいたオール・フォー・ワンの個性により奪われたのだ」

「“個性を奪う”……!?そんなことって……」

私はただ漠然と突きつけられた事実に言葉を失っていた。様子を伺いながらも虎は話を続けて行く。

「詳細は明らかになっていないが、奴の持つ個性は人から個性を奪い、己がものとし、さらに人へ与えることも出来るという。原因がオール・フォー・ワンにあるならば、奴は今や囚われの身。その方法が不明確であるとはいえ、元に戻せる可能性もなくはない」

私は握りしめた自身の拳をじっと見つめて考えていた。オール・フォー・ワン。オールマイトと互角に戦い、力尽きた謎の男。何者なのかはわからないが、只者でないことは明らかだ。私は兎にも角にもオール・フォー・ワンという人物に怒りと憎しみを抱かずにはいられなかった。

「何はともあれ命があっただけありがたいと思わなければなるまい。これからはラグドールの心のケアが最優先。プッシーキャッツはしばらく活動を休止し、我達はマタタビ荘に戻るつもりだ」

虎、マンダレイ、そしてピクシーボブの3名はゆっくりとベッドで眠るラグドールへと視線を移し微笑んだ。その様子を間近で見ていた私には、まるで家族のような温かさを感じられた。血は繋がっていなくても存在する愛。私は手をぐっと握りしめたまま口を紡いでいた。

しばらくしてマンダレイは鼻をすすりながら話題を変えるように私に言った。

「悪かったね、叩いたりして」

「いえ……私こそ、ごめんなさい。心配ばかりかけて」

マンダレイの心配そうな表情が逆に胸に突き刺さる。また心配をかけてしまった。何度、人を不安にさせれば気がすむのだろうと私も自分自身に呆れていた。そんな私をみてピクシーボブは悪戯に笑いながら続けた。

「イレイザーに怒られるの分かってて何でこういう事しちゃうかなァ」

「ごもっともです……」

それは私自身も思っていたことである。いつもいつも、消太さんには心配も迷惑もかけ続けている。自分の感情に素直に生きている、なんて格好つけていう事すら出来ない程に私の身勝手な行動は周りに大きな影響を与えてしまっていた。

「今日のところは帰りな、イレイザーも心配してる」

「そう……ですね。そうします」

ラグドールが目覚めるまで付き添えないのは残念だが、消太さんの顔を思い出したら帰って謝り、早く安心させたいと思った。怒られてもいい。それでも早く会いたかった。

私はラグドールの容態についての経過報告を依頼し、病室を後にした。



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