Book-long-B

□物騒な話
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「おつかれ」

「おう」

八百万さんとの約束の時間より少し早く待ち合わせの場所へ行くと、暗い病院の前には既に轟が立っていた。まだ切島は来ていないようだ。季節はもう夏。夜だというのに汗が出るほど暑苦しく、遠くからは蝉の鳴き声が聞こえてきている。私は轟に近づき病院の入口に視線を移した。自動ドアの中は明るく電気が照らしているが、人の気配は一切ない。

「20時まで面会出来るらしい。行けるか?」

「院内で迷うとでも言いたいの?大丈夫だから」

悪気はないのだろうが、嫌味に聞こえる轟の言葉に私は口を尖らせながら入口へ向かって行った。昼間ほどの人はいない。診察の受付窓口はシャッターが下され、購買も閉まっている。私は入ってすぐの警備窓口にて受付の手続きをとると、渡された面会カードを手に持って案内された病室へと足を進めて行った。

“葉隠 透 様”と表示された病室前で立ち止まると、私は小さく深呼吸をしてから静かに扉を開いた。まだ、意識が戻っていないという葉隠さんだが、面会に入ることは可能になったようだ。目を覚ますのを待つだけだという彼女の眠るベットへ向かって足を踏み入れて行った。

ベット上で掛け布団が小さく上下している。これは透明人間である葉隠さんが眠っていることを象徴している。

「早く良くなってね……爆豪のことは、私たちに任せて」

私は小さくそう呟くと、葉隠さんの頬がある箇所へそっと手を伸ばした。あたたかな温もりを感じながら私は葉隠さんを〈模写〉し、静かに病室を後にした。

病院から出ると、まだ切島の姿はそこにはなかった。私は持参した革製の手袋をはめながら轟の元へと歩いて行った。ここからは誰とも接触するわけにはいかない。私は極力露出がないよう気を配った。夏だというのに捕縛武器を腕に巻き手袋をはめる私の姿に、納得した様子を見せた轟はじっと見つめる視線を地面に移した。

私は入り口の階段に腰掛け、今日の出来事を思い出していた。

「はァ、みんなに……反対されちゃったね」

「初めからわかってたことだろ。これは賛同を求めることじゃない」

私が強がりながらも悲しげに視線を落とすと、轟は表情を変えずに言った。そう、すべてはわかっていたこと。轟の言う通りだ。それでも、梅雨ちゃんやお茶子の言葉が私の胸に突き刺さったまま取れないでいた。

「わかってたけどさ、なんていうか……苦しかった。ヴィランと同じだって言われて……仲間を救けることが悪いことだなんて思えないよ。一刻も早く爆豪を救いたいって気持ち、わかってもらえないものなのかな」

自分でも驚くほどに素直な言葉が溢れていった。よほどショックを受けていたということか、珍しく弱音を吐いてしまっていた。

「みんなもわかってる。でも、それを口にして行動を起こせるかは別次元の話だ。あいつらは何も薄情なわけじゃない」

轟は少し考えた様子を見せると、私の目をじっと見つめて言った。彼はいつも正論だ。もし轟と口喧嘩になったとしたら、完全に負けてしまうだろう。隙のないところは入学当初から変わってはいないが、私を見つめるその瞳は完全に以前とは別のものになっている。

「もし……もし、私がヴィランに攫われたら……助けに来てくれる?」

なぜそんなことを言ったのかはわからない。轟の瞳を見ていたら、自然と口にしてしまっていた。それと同時に妙な感情が湧き上がっていた。認めて欲しい。私の存在意義を教えて欲しい。必要としてくれる存在がいると願いたい。そんな気持ちが徐々に芽生え始めていた。

「……そんな物騒なこと言うな」

轟は少し怒ったように眉間にしわを寄せ、私に視線を送ると言った。確かに、今この状況で言う話ではなかったと気づいた時には既に遅く、私は口を紡いで俯いた。ごめん、と素直に謝ろうと口をゆっくりと開いたとき、背後から切島の声が覆いかぶさってきた。

「俺はゼッテェ行くぜ。当たり前だろ」

「切島……」

求めていたはずの言葉を聞いて、なぜだか涙が出そうになった。それだけが聞きたくて、こんなタイミングでこんな話をしてしまった。そんな反省も込められている涙だろう。私はそれが頬を伝うことがないよう意識を逸らして我慢した。

「こんなこと、何度もあっていいことじゃない。これが最後だ」

轟は付け足すようにそう言い、少し申し訳なさげに頭を掻いて続けた。

「悪い、そんな事態にはさせないって言いたかった」

「ううん、私もごめん。変なこと言って」

どこか気まずい変な空気が流れてはいるものの、蝉の鳴き声のおかげで沈黙は生まれないでいた。私達3人は夏の暑さを肌で感じながら病院の前で八百万さんが来るのを静かに待っていた。




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