Book-long-@

□黒影-ダークシャドウ-
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静まり返ったフロア。気配を消し、慎重に足を進める。逃げる側がこんなにも精神的に追い詰められるものとは、世の中には体験してみないとわからないことがたくさんあるなと流暢に考えていた。

『そっちはどうだ?鏡見』

ジジッと無線の音が鳴る。声の主は切島だ。きっと彼も慎重に1階から少しずつ上に上がってきているに違いない。

「私がいる階にもヒーローは居ないみたい。2人で固まって動いてるのかもしれないわね」

私は右耳に付けられた無線に手をやりながら、フロアの奥へと視線を送った。

「単独だ」

突如感じた気配と背後から聞こえた低い声に血の気が一気に引いていった。

シュルルルルルル!!

「でた!常闇だ!」

私は常闇の手から放たれたヴィラン捕獲用の白いテープを交わし、素早く後退した。あれに捕まったら私は失格となってしまう。

『うおおおマジか!無事か鏡見!?』

無線の奥から切島の焦る声が聞こえてきた。焦っているのは私も同じだ。不意を突かれて心臓がばくばくと鳴っている。

『常闇1人だけか?蛙吹は?』

瀬呂の声も聞こえてくる。無線の先から聞こえてくる音がさらに不安を掻き立てるのだろう。私は常闇と、間合いを取りながら状況を説明した。

「常闇1人みたい。梅雨ちゃんの気配はない。瀬呂、そっちは頼んだ。私はしばらく行けそうにない」

私は腕に巻きつけてあった消太さんの包帯状の布をヒラヒラと解き、戦闘体制に入る。ここで常闇を止め、核兵器に近づけないようにしなければならない。私は常闇を捕獲すべく、彼に向かって走って行った。

シュッと布を常闇の左腕に巻きつけた。これだけでは捕獲とはならないが、体の一部を封じたため動きづらくはなるだろう。私は更に間合いを詰めるべく常闇に突っ込んでいった。ガッと右足で蹴りあげようとしたが、それは彼の腕で塞がれてしまった。

もう一発。そう思ったときだった。

「くっ……!」

突然常闇の背後にいた影が動き出し、私の顔にテープを巻きつけたのだ。口を塞がれて声が出ないが、これが彼の個性であると瞬時に認識できた。

幸い目は塞がれていなかったため、まるで常闇の分身かのような黒い影が実体化したのが見てわかった。

「これが俺の個性〈黒影-ダークシャドウ-〉」

「ヨロシクナ!!」

黒影にも意志がある様子で、常闇の影が声をあげる。

なんということだろう。声が出せないことで他の2人に無線で伝えられないのは非常にまずい状況だ。また、常闇は“個性”を使えば実質2人分の戦闘力だ。だから3対2でもよかったんだ。ハンデが配置の分散だけではなかったことを、ここにきて思い知らされてしまった。

「んんっ……!」

口元に巻かれたテープ。これは今回の訓練で両チームに配られた特製の捕獲用布テープだ。私が腕に巻きつけているものと大差ない強度を誇っていた。

私も常闇の左腕を捉えているとはいえ、状況が変わって今は私の方が部が悪い。声を発することは一切出来ず、さらに常闇の影に繋がれ身動きが取りづらい。

「終わりだ」

常闇の低い声がフロアに静かに響く。開始早々で迎えたピンチに、思わず個性を使いかけたそのとき。どこからともなく現れた男がいた。

「っらァ!!!」

そう言って常闇に殴りかかったのは、〈硬化〉した切島鋭児郎だった。

「んんんん……!」

声には出せなかったが、私は彼の名前を叫んだ。1階からここまで登ってきたところで音をたどってここまで来てくれたのだろう。

切島の攻撃を避ける際に、常闇の意識が一瞬私から離れた影響で、彼の〈黒影〉はテープを解いてしまっていた。突然自由になったことでフラつき膝をついてしまったが、なんとかピンチを切り抜けることができたようだ。

「切島ァ!!」

口元が自由になった私は思わず叫んだ。本当に危ないところだったから、切島が本物のヒーローに見えたのだった。

「危ねぇとこだったな!立てるか」

そう言って切島は、私の元へ駆け寄ってきてくれた。私が立ち上がるのを確認すると、彼はすぐに常闇へ向かって構え直した。隙を見せないのは素晴らしい判断だ。そして私と常闇の間に立ち、視線を常闇から外すことなく言った。

「お前は先に行け。いつまで止められるかわかんねぇけど、常闇は俺に任せろ!」

そうだ。これはさっき立てた作戦Bだ。常闇と梅雨ちゃんが単独で動いていた場合で想定した作戦。私は切島を置いて先へ進まなければならない。

「頼んだよ、切島」

私は近くの階段からさらに上層部へと駆け上がっていった。



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