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□合理的虚偽
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時刻は20時すぎたところ。雨が降っているせいで湿気じみた家のなか、消太さんと2人で夕飯を食べている。
「消太さん」
沈黙を破り、箸を止めて視線を上げた。
「なんだ」
彼は視線を私に合わせることなく、手を止めるでもなく答える。もちろん口も止めはしない。
「私、悔しいです。今日の内容も結果も……すべてが」
雨が地面へ落ちる音が、部屋の中でもよく聞こえる。土砂降りとまでは行かずとも、傘がなければ濡れてしまうほどの量が降っているようだ。
「確かに、最下位じゃないにしても除籍にしてもおかしくない内容だったな」
消太さんは並べられたご飯から視線を外さずに、意外にも行儀よくしっかりと満遍なく口に運んでいた。普段、日中はゼリー状のスポーツドリンクばかりを飲んでいる。お昼ご飯を食べる時間がないのか、敢えてそうしているのかはわからないが毎日仕事へ持って行っているため、朝と夜の食事はバランスを考えて様々な食材を摂取する必要があった。
「何が問題だったと思う?」
いきなり視線が上がり、私としっかりと目が合った。じっと見つめる目は気だるそうではあっても真意を見抜くようなまっすぐな目だった。
「私の個性があのテストに完全に不向きだったこと。何一つとして活かすことができなかった。周りはみんな一種目くらいは個性がハマって異常な記録を出していたのに」
私は無意識に箸をぐっと握りしめていた。事実を言ったつもりが、自分で自分を否定する結果となったからだ。だが、その答えに対し消太さんは肯定することなく私に聞き返した。
「じゃあ聞くが、鏡子に有利な状況ってのはどんなときだ?」
「それは……状況に合った個性の人がが身近に居て、触れて〈模写〉できる環境です。今日だって、全ての種目でクラスメイトを〈模写〉して挑めば1位になれたはず」
今日1日を振り返るうちに、自分への怒りや悔しさが込み上げてくる。だが、もう答えはすぐそこにあった。
「それでも順位は17位。それはなぜだと思う?」
「………私はずっと“ひとり”だったから。最後まで単独で挑んでいたから」
ああ、そうか。消太さんの言わんとすることがわかった。私は一人では何もできない。ただの無個性と変わらない。〈模写〉は、周りと助け合うことで真の力を発揮する個性なのだ。
すると消太さんは視線を逸らすことなく真面目な表情で口を開いた。
「いいか、お前はこれから3年間“協調性”を身につける必要がある。今までと同じじゃいつか限界がくる。爆豪は協調性に難がありそうだが、あいつの個性は単独でも十分通用するだろう。だが、お前は違う」
私は黙って消太さんの言葉の続きを待った。
「お前は周りを巻き込んで成長していくんだ。言ったろ、『Plus Ultra-更に向こうへ-』だ、大人になれ」
心に刺さる、言葉の数々。私は今日の出来事を思い出した。峰田くんがせっかく個性を〈模写〉していいと助け舟を出してくれたのに、変なプライドで断ってしまっていた。彼が固まって泣く姿を思い出し、胸が苦しくなった。
「ま、あんな体力テストなんかじゃ自分の最大限なんてわからないけどな」
「….……え?」
またご飯を運ぶ手を動かし始める彼の姿と、さらっと言い放った言葉に度肝を抜かれた。
「あんな8種目やったところで自分の限界なんてわからないよ」
もぐもぐ、と口に白米を運ぶその姿。結果発表後のときと同じだ。あまりにあっさりし過ぎて言葉が出ない。手元からは箸がポロリと落ちた。
「生徒の最大限の力を引き出すための合理的虚偽」
そう言ってニヤリとする消太さんに、多少の苛立ちを感じたのは出会って以来初めての出来事だった。
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