Book-long-@

□Plus Ultra-更に向こうへ-
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「おう鏡見、お前いま何パクってんだ?」

これからの体力テストの脳内シミュレーションをしていた私に、相変わらず棘がある言い方で突っかかってくる男。そう、爆豪だ。

「うっさい、黙ってよ」

いちいちパクるだの言うなと言いたいところだが、一応授業中である。噛みつくことなく冷静に、冷たくあしらう私に彼は口角を上げたまま話を続ける。

「俺に絶対触んじゃねぇぞ、お前に俺の“個性”は二度とパクらせねぇ」

「あっそ」

〈爆破〉はこっちから願い下げだと心で叫ぶ。むしろ体力テスト中ずっと〈抹消〉で個性消したろうかとも思った。だが、会話を極力減らし、関わりを持たないようにする。これが苛立ちを抑える合理的手段だ。私は爆豪を視界に入れることなく、これから始まる除籍へのカウントダウンを少しでも止める方法がないか考えていた。

「これから三年間、雄英は全力で苦難を与え続ける」

消太さんの脅しのような言葉が聞こえてくる。ここは確かに最高峰だ、当たり前のことかもしれない。だが、私を追い込むには十分すぎる言葉だった。

「雄英の校訓、“Plus Ultra-更に向こうへ-”さ。全力で乗り越えて来い」

その言葉に、みんなの目にさらに力が入ったのが見ていてわかった。だが、私と上鳴にそんな余裕はない。いかに平均並みの成績に落ち着かせるかを考えるしかなかった。


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立ち幅跳び、握力、長座体前屈……。

次々に種目が進んでいく。

もともと体を鍛えていたこともあり、思ったよりも数字は伸びていた。だが、誰もが1つは“個性”を活かして異常な数字を出しているというのに、私は未だに抜き出る記録はない。

またもや後悔の念に襲われたのが50m走のときだ。飯田くんが“個性”〈エンジン〉を活かして50m走で3秒という記録を残していた。そのスピードと勢いは凄まじく、是非とも〈模写〉したい代物であった。あれなら体への負担も少なく〈模写〉していれば私も使えただろう。

残るは反復横跳びとボール投げ、持久走だ。相変わらず隅でブツブツと策を練る私と上鳴だったが、それを見かねてか峰田くんがこちらに向かって歩いてきた。

「鏡子ちゃん、よかったらオイラの“個性”使ってよ」

そう言って彼は私に右手を差し出したのだった。峰田くんの“個性”〈もぎもぎ〉は頭から生えたボールのようなものをもぎることができ、くっつけると一日中離れることがないという。自分自身にはくっつくことなくブヨブヨ跳ねるこの“個性”を活かして彼は反復横跳びでは素晴らしい成績を残していた。

「ありがとう。でも……せっかくだけどいいや。ごめんね」

だが、私は断るに至った。その“個性”を利用しての反復横跳びをすることが恥ずかしかったからだ。

断られたことが相当ショックだったのかもしれない。峰田くんは手を差し出したまま涙を流して固まってしまった。

反復横跳びもボール投げも通常の成績に終え、残るは持久走のみとなった。ここまで何一ついい記録のない私だが、現在の順位を見るとまさかの上鳴16位、私は17位という成績ということに気がついた。まだ下に4人もいる。

耳たぶがイヤホンのようになって垂れている個性不明の耳郎 響香(じろう きょうか)、姿形が見えない透明な葉隠 透(はがくれ とおる)、そして峰田くん。最下位は現在、緑谷 出久(みどりや いずく)。今朝の教室で爆豪に絡まれ、「デク」と呼ばれていた気弱そうな少年だ。

彼は先ほどのボール投げで素晴らしい記録を出していた。だが、全体を通してあまり運動が得意ではないようで、あの成績をもってしてもまだ最下位に留まったままだった。そして、どうやら右手の人指し指を負傷しているようだ。おそらくボール投げのときだろう。消太さんと何やら話をしていたようだが、〈抹消〉を使う場面も伺えた。何が起きたかは分からないが、きっと無茶をしようとしたに違いない。

私は可もなく不可もなくの至って普通の成績のまま持久走をし、体力テストを終えたのだった。


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「んじゃパパッと結果発表。口頭で説明すんのは、時間の無駄なので一括開示する」

そう言って空中にデータ化された画面が映し出される。順位と名前が順に並び、私は変わらず17位のままだった。最下位も、変わらず緑谷出久だ。ホッとする気持ちと、平均以下の成績に複雑な気持ちになる。

“下に4人もいる”?
いや、違うだろう。
“上に16人もいる”だ。

同じ夢を追いかける仲間であり、ライバルであもあるクラスメイトとの差に私のプライドはしっかりと傷ついていた。

「ちなみに除籍はウソな」

そう言ってあっという間に順位の画面は消されてしまった。除籍にならなかった安心と、騙され踊らされたことで私を含む生徒達の心はぐちゃぐちゃに乱れている。単純に横で喜ぶ上鳴とは真逆に、私はうつむき悩んでいた。

最下位だった緑谷出久は無事に除籍を間逃れ放心状態で立ち尽くしていたが、我に返って痛みを思い出したのか保健室へ傷の治療に向かって走っていくのだった。



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