Book-long-C

□謹慎くん
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それから1日はあっという間に過ぎ、夕方を迎えた。今はみんなでアライアンスのロビーに集まり、いつものように談笑しているところだ。

「このホコリは何です爆豪くん?」

峰田くんの嫌らしい声が聞こえる。窓際を姑の如く指先でなぞり、指先についた埃を見せつけているようだ。爆豪はすかさず眉間にシワを寄せながら怒鳴り返した。

「そこデクだ!ザけんじゃねぇぞ!オイコラてめー掃除もできねぇのか!」

「わっごめん、あ‥‥みんな部屋のゴミ、ドアの前に出しといて。まとめます」

爆豪の鋭い視線を受けた緑谷はロビーのゴミ袋を結びながら、慌てたように謝った。私はその様子をソファに座りながら眺めていた。

すると、正面に青ざめた顔をしている砂藤くんと切島が視界に入った。なんだか様子がおかしい。私は恐る恐る声をかけた。

「どうしたの?元気ないけど」

砂藤くんは虚な目をこちらに向け、弱々しい声で答えた。

「うん?いや‥‥今日のマイクの授業さ‥‥」

「まさかお前も‥‥?」

切島も同じく青ざめている。私は2人に活力が消えていることに疑問と不安を感じていた。なかなか珍しい光景だからだ。

「なに?何かあったの?」

私の探るような目をチラリと見た後、砂藤くんは視線を落として小さな声で言った。

「当然のように習ってねー文法出てたよな」

「あーソレ!ね!私もビックリしたの!」

芦戸さんも会話に入ってきた。それに続くように瀬呂や上鳴までも続々と話に加わっていった。

「予習忘れてたもんなァ‥‥」

「一回つまづくと、もうその後の内容頭に入らねぇんだよ」

“なんだ、そんなことか”と思っているのは私だけだろうか。当然、今日の授業についていけたわけではない。途中から置いていかれたのは紛れもない事実である。だが、それが意気消沈に繋がるのは私には理解できないことであった。

そんなことを心の中で考えていると、背後からは耳郎さんの声が聞こえてきていた。

「インターンの話さ、ウチとか指名なかったけど参加できないのかな」

どうやら彼女も授業内容についてはそう興味はないようだ。

「やりたいよねぇ」

「前に職場体験させてもらったとこでやらせてもらえるんじゃないかなぁ」

葉隠さんと尾白も耳郎さんと同じく、消太さんの話の方に意識が向いている様子だ。私もどちらかと言えば、インターンの話の方が興味深かった。

体育祭で得た指名をコネクションとして使う職場体験の延長のような任意活動。実践を積み、経験値を上げるという意味でも是非参加したいところではあるが、【ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ】という選択肢が消えた私にとって、先行きは不安である。

体育祭のときに受けたプロからの指名は151先。そこを見直してあたってみるしか無さそうだ。私は口元に手を当てて険しい表情を浮かべながらそう考えていた。

周りの雑談が耳に入らなくなるほど考え込んでいたようにも思う。だが、飯田くんの一際大きな声で我に返った。

「たった1日ですごい置いていかれてる感‥‥という顔だね、謹慎くん!」

飯田くんは緑谷の前に現れるなり手厳しい言葉を浴びせていた。

「キンシンくんはひどいや。あの飯田くん、インターンって何?」

緑谷は少し悲しげな表情を浮かべているが、身から出た錆であることを自覚しているのかそのまま反省した様子で尋ねた。だが、飯田くんは硬い表情を和らげることなく答えた。

「俺は怒っているんだよ!授業内容等の伝達は先生から禁じられた!悪いが2人ともその感をとくと味わっていただくぞ!聞いてるか爆豪くん!」

「っるせんだよ、わかってらクソメガネ!」

緑谷から飛び火して話を振られた爆豪だったが、どうやら一連のやりとりを見ていたのだろう。相変わらず不機嫌そうに答えていた。

「緑谷、ゴミ手伝うよ」

私は静かに立ち上がると、大きなゴミ袋がいくつか出来上がった緑谷に近づき声をかけた。緑谷は驚いたのか挙動不審になっている。

「え、いやでもこれは‥‥」

「いいから」

私は冷静にゴミ袋を2つ持ち上げると、そのまま出口の方へと足を進めていった。

「あ、ちょっと待って鏡見さん‥‥!」

緑谷が最後のゴミを袋に詰め、縛る音がガサゴソと背後から聞こえていたが私は振り返ることなく歩いていった。

私も本来ならあの場にいたのだから何かしらの罰を受けてもおかしくはないはずだ。それなのにその事実は完全に隠蔽され、私はあの場に居なかったことになっている。それを緑谷も爆豪も望んでいるようだが、私だけ何の罰も受けずいつも通りに過ごすことは後ろめたい以外の何でもなかった。ゴミ捨てくらい手伝おう、そう思い立ったのだ。

ロビーを出てゴミ捨て場の方向へと足を進めていく。まだまだ日は長く、こんな時間になっても外は明るいままだ。私がスタスタと歩いていると、後方から緑谷が小走りで追いつき口を開いた。

「あのさ、鏡見さん。さっきのみんなの話って‥‥」

「言っとくけど、私も何も教えてあげられないよ」

私は緑谷の言葉を遮ってそう言った。ゴミ捨ては手伝うが、私が彼にこっそり情報を漏らすわけにはいかない。

「そ、そうだよね!」

緑谷は少しだけ期待していたのかもしれないが、その期待があっという間に打ち砕かれてしまったせいで更に焦りが生まれたのかゴミ袋を抱えたまま何やら口を尖らせブツブツと言い始めていた。

差がつくだの遅れを取り戻さないとだの。完全に先程のみんなの会話に焦りと不安でいっぱいになっている様子だ。私はその様子がどこかおかしくて緑谷に気づかれないように小さく笑っていた。

その時だった。

校舎の外壁から突如、ヌッと人の顔が浮き出てきたのだ。

「!?!?」

このありえない状況に思わず言葉を失った私だが、反射的にゴミ袋を離し間合いを取って戦闘態勢を整えていた。

そんな私と緑谷をよそに、今度は手首から先も校舎の壁からヌッと出てきてゴミ捨て場の方向を指さした。

「ゴミね、食品トレイとかも可燃で出しちゃって大丈夫だからね」

その得体の知れない人物は、何事もなかったかのように親切にそうアドバイスをした。私たちは相変わらず固まっていたが、振絞るように口を開いたのは緑谷だった。

「‥‥‥あ‥‥‥はい‥‥‥」

とても弱々しい声だ。でもそれは驚きのなかでやっとの思いで出した返事だったのだろう。その得体の知れない人物は小さく頷き、そのまま静かにスッと校舎に消えていった。

「なんだったの、今の‥‥」

私はあまりに不意をつかれたことで思わず手からゴミ袋を離してしまっていたが、先程の言動からどうやらヴィランの侵入とは考えにくいと判断した。

しかし、緑谷からの返答を受ける前に今度は地面から先程と同じ顔がヌッと現れ私たちの度肝を抜いた。

「元気な1年生って君達だよね!?」

「うわぁ!!?」

バクバクと高鳴る鼓動で驚きが隠せない私たちとは裏腹に、その顔は陽気な声と表情でこちらに話しかけてきた。

「ビックリしたよね!?悪いことしたぁー!ビックリすると思ってやってるんだけどね!」

アハハと高笑いしながら、とても楽しそうに話している。私はこの人物の正体は知らないが雄英関係者であることは間違いないと確信すると徐々に苛立ちが込み上げていることに気づいた。

「何なんですかあなたは!?」

少し強めに苛立ちを込めて言い放った。何かしらの個性なのだろうが、急にいろんな場所から出てきて心臓に悪い。そして見えている部分が一部だけというのも不気味だ。だが、睨みつける私とは真逆で、その顔は楽しそうに微笑み笑い声を上げた。

「アハハハハハハハハハ!何なんだろうね!俺も何してるんだろうって思うんだよね!極まれに!君は環の言ってた子だね!そんな怖い顔しないで欲しいけどね!」

「環‥‥?」

環とは、天喰先輩のことだろうか。なぜ彼の名がいまここで出るのか。私はその瞬間に体の力が抜けるのを感じた。天喰先輩の知り合いなのか。それにしては天喰先輩が苦手そうな部類の人間だと思うのだが。私の頭の中では一瞬にして様々な憶測が駆け巡った。

地面からこちらを笑って見ているそれは、相変わらず楽しそうに続けた。

「まァ俺のことはじきにわかるんだよね、とにかく元気があって何よりだよね!とりあえず言えることは、なんか噂になってたから気になって見に」

そう言って話の途中でスッと地面に消えていったまま、その後ここに出てくることはなかった。あまりに謎すぎる。何がしたかったのか、何が言いたかったのかわけがわからない。

キョロキョロと周りを見渡す緑谷だが、その後先程の人物が再度現れることはなかった。緑谷は少し考える素振りを見せると小さく呟いた。

「どっかで見たことある気が‥‥」

「本当?私は全く知らないな。ハァ‥‥なんか今夜うなされそう‥‥」

私はそう言って床に落ちたままだったゴミ袋を両手で持ち直すと、今起きた出来事を一刻も早く忘れたくなり何事もなかったかのように歩き始めた。




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