Book-long-C

□新学期
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私達は始業式に参加するため、グラウンドに集まった。入学式にも出ずに体力がテストを行った、あのだだっ広い場所だ。雄英の全生徒が整列しているが、こうしてみると在籍人数がいかに多いかが良くわかる。

まだまだ日差しが暑く、思わずため息をついてしまいそうになったところで校長が前に姿を現し、『やぁ!』と陽気に挨拶を始めた。

ものすごくどうでも良くて、ありえないほど長い話が続いていく。ライフスタイルの乱れが毛質の低下に繋がっているとかなんとか。正直しんどいと思ってしまうほどの時間が流れている。

私は視線を地面へと落とし、早く終わることを期待して待っていた。かと思えば突然話は真面目な話へと切り替わっていく。

「ライフスタイルが乱れたのはみんなもご存知の通り、この夏休みで起きた“事件”に起因しているのさ」

話の内容も声のトーンも急に変わったため、私は本題に入ったことを察知し顔を上げた。校長は話を続けていく。

「柱の喪失。あの事件の影響は予想を超えた速度で現れ始めている。これから社会には大きな困難が待ち受けているだろう」

柱、それは間違いなく彼のことだ。私は先生達が整列する方へと視線を流していった。13号先生の隣には表情ひとつ変えずに校長の話を聞いているオールマイトがいる。校長はオールマイトを見るでもなく話を続けていった。

「特にヒーロー科諸君にとっては顕著に表れる。2・3年生の多くが取り組んでいる“ヒーローインターン”もこれまで以上に危機意識を持って考える必要がある」

「ヒーローインターン?」

私の前方に並んでいた芦戸さんは校長の話に出たワードを小さな声で繰り返した。確かに何のことなのかさっぱりで、引っかかる気持ちもわからなくはない。

「職場体験の発展系みたいなものかしら?」

梅雨ちゃんが声を潜め答えている。もちろんそのやり取りが校長に聞こえているはずもなく、詳しい説明はないまま話は進んでいった。

「暗い話はどうしたって空気が重くなるね。大人たちは今、その重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ。君たちには是非ともその頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材となってほしい。経営科も普通科もサポート科もヒーロー科も、みんな社会の後継者であることを忘れないでくれたまえ」

そう言って校長は話を締めくくると一礼し壇上を降りていった。それを見送った後、1年B組担任のブラド先生はマイクに顔を近づけ言った。

「それでは最後にいくつか注意事項を。生活指導ハウンドドッグ先生から‥‥」

そう案内され壇上に上がったのは口元に黒いセーフティマスクを装着したハウンドドッグ先生だ。遠目でよく見えないが、なんとなく興奮しているように見える。

ハウンドドッグ先生はゆっくりとマイクに近づき話し始めた。

「グルルル‥‥昨日ヴヴヴ‥‥寮のバウッバウッバウッ!!慣れバウバウ!!グルルッ生活バウッ!!!アオーーーーーン!!!!」

話し始めた途端に、全生徒が呆気にとられた。ハウンドドッグ先生は興奮した様子で何かを発し、話を終えたのかゼェゼェと肩で呼吸をしている。だが、何一つとして聞き取ることができなかった私達はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。ハウンドドッグ先生とは今まで接点がなかったが、新学期早々衝撃的な印象を受けたのは間違いない。

犬の遠吠えのようなものをマイクが拾い、キィーンとハウリング音が鳴っている。

すると戸惑う私たちを他所にブラド先生は冷静に壇上に上がると、ハウンドドッグ先生に場所を譲るよう促しマイクに口を近づけて言った。

「ええと、『昨晩ケンカした生徒がいました。慣れない寮生活ではありますが、節度をもって生活しましょう』とのお話でした」

そう言ってハウンドドッグ先生が言ったことを訳す形でブラド先生は始業式を終了させた。ハウンドドッグ先生は一体何だったんだ、と思わず突っ込みたくなるが、そんなことより私はブラド先生が訳してくれたハウンドドッグ先生の言葉が気になっていた。

名前を出してはいなかったが昨晩ケンカした生徒とは緑谷と爆豪、そして私のことだろう。私は遠回しに注意されたようで無意識に胸がドキドキとしていた。そんな私の少し後ろでは峰田くんの震える声が聞こえた。

「キレると人語忘れちまうのかよ‥‥雄英ってまだ知らねーことたくさんあるぜ‥‥」

顔を蒼白させて体もガクガクと小刻みに震えているように見える。その更に後ろで八百万さんは呆れたような悲しげな表情で続けた。

「緑谷さんと爆豪さん、立派な問題児扱いですわね‥‥」

その言葉に思わず私は目を見開いた。それと同時に昨晩のケンカは緑谷と爆豪の“2人だけの出来事”として伝わっているのだと確信した。私はその場にいなかったことになっているようだ。他の先生達が知らないかはさておき、クラスメイト達にはそう伝わっている。それに対しどこか後ろめたい気持ちが渦巻いていたが、私はそれ以上何も言うことはしなかった。




______





始業式を終え教室に戻ると、間髪入れずに消太さんが教室に入ってきて夏休み前同様の日常が始まった。

「じゃあまァ、今日からまた通常通り授業を続けていく。かつてない程に色々あったがうまく切り換えて学生の本分を全うするように。今日は座学のみだが後期はより厳しい訓練になっていくからな」

いつものように淡々と話が進められていく。そんななか芦戸さんは後に座る梅雨ちゃんにコソコソと小声で何やら話しかけているのが視界に入った。

「話ないねぇ」

「何だ芦戸?」

すぐさま消太さんからは殺気に似た空気が広がり、鋭い視線が送られた。

「ヒッ!久々の感覚!」

芦戸さんは体を硬らせているが、梅雨ちゃんは落ち着いた様子で挙手し質問をした。

「ごめんなさい、いいかしら先生。さっき始業式でお話に出てた“ヒーローインターン”ってどういうものか聞かせてもらえないかしら」

それはクラスを代表しての質問だったことは間違いない。その質問が出たことで教室中がザワザワと騒めき始めていた。

「そういや校長が何か言ってたな」
「俺も気になっていた」
「先輩方の多くが取り組んでいらっしゃるとか‥‥」

瀬呂や常闇、八百万さんまでもが口にしている。私も言葉にはしていないが、それが何なのか気になっていた。消太さんは髪をワサワサと掻きながら少し考える様子を見せたが諦めたように話を始めた。

「それについては後日やるつもりだったが‥‥そうだな、先に言っておく方が合理的か。平たく言うと“郊外でのヒーロー活動”。以前行ったプロヒーローの下での職場体験、その本格版だ」

職場体験の本格版。そう聞いただけでは正直あまりピンと来ない。なにせ私の行った職場体験先は【ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ】だが、そこでは基本的に宿の手伝いをさせられ、数日にわたり虎にキャットコンバットを叩き込まれただけだ。保須市でのヒーロー殺しの事件の影響もあったため、任務に同行し、間近で活動を体験するということは出来なかったのだ。

だからか、その本格版だと言われてもいまいちイメージがしづらい部分があった。するとお茶子は突然立ち上がり発言をした。

「はぁ〜そんな制度あるのか‥‥体育祭の頑張りは何だったんですか!?」

ガタッという音を立てて椅子が引かれ、必死な表情を消太さんに向けている。その言葉に飯田くんも同感しているようだ。

「確かに‥‥!インターンがあるなら体育祭でスカウトを頂かなくとも道が拓けるか」

“年に1回、計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対外せないイベントだ”そう言っていた消太さんの言葉が頭をよぎる。確かに体育祭の数少ないチャンスを大切にしろと言っていた。だが、インターンの制度があるのならそこに拘らずとも授業の一環としてチャンスは恵まれるのではないかと私も考えていた。

だが、消太さんは私たちの考えを見抜いたかのように言った。

「ヒーローインターンは体育祭で得た指名をコネクションとして使うんだ。これは授業の一環としてではなく生徒の任意で行う活動だ。むしろ体育祭で指名を頂けなかった者は活動自体難しいんだよ。元々各事務所が募集する形だったが雄英生徒引き入れの為にイザコザが多発し、このような形になったそうだ。わかったら座れ」

なるほど、と思わず納得してしまう話だった。お茶子も反省したように力なく座って言った。

「早とちりしてすみませんでした‥‥」

消太さんは教壇に立ち私達に視線を送りながら話を続けていった。

「仮免を取得したことで、より本格的・長期的に活動へ加担できる。ただ1年生での仮免取得はあまり例がないこと。ヴィランの活性化も相まってお前らの参加は慎重に考えているのが現状だ。まァ体験談なども含め後日ちゃんとした説明と今後の方針を話す。こっちも都合があるんでな」

消太さんの話を聞きながら私は考えていた。体育祭で得た指名をコネクションとして使うということは、おそらく大体の人は職場体験先にまずインターン受け入れを依頼するのだろう。

だが、私の職場体験先である【ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ】は神野区の一件以来活動を休止している。ということは私は新たにインターン先を探さなければならないのだ。私はそれを考え少しだけ憂鬱になっていた。

「じゃ‥‥待たせて悪かった。マイク」

消太さんは私が気落ちしていることなど知らずに出入口の扉に向かってそう言った。すると扉は勢いよく開かれ、プレゼント・マイク先生が現れた。

「1限は英語だー!すなわち俺の時間!久々登場、俺の壇場!待ったかブラ!今日は詰めて行くぜー!アガってけー!イエァァア!」

前から思っていたが朝からこのテンションはとてつもなくしんどい。私はなんとなく頭痛がした気がして、こめかみを指先で抑えていた。



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