Book-long-C

□幼稚
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「おはよう、轟」

「おう」

私は鍛錬場を後にしたあと、そのまま1年A組の教室へと向かった。前方に廊下を歩く轟を見つけたので追い越しざまに声をかけてみるが、いつも通り淡白な挨拶が返ってきた。

だが、特に気にはしていない。これがもはや“普通のこと”だからだ。期待もしていないし、彼にもっと明るく元気に挨拶をして欲しいとも思っていない。

「その腕、どうかしたのか?」

轟はチラリと私の腕に貼られた絆創膏を見ると特に表情を変えるでもなく言った。

「あ、これね。ちょっと擦りむいただけだよ」

私はそう言って軽く絆創膏を指でなぞると作ったように笑ってみせた。下手なことは言わない方がいい。きっと“仮免試験中に擦りむいた”などと嘘をついても“そんな傷あったか?”なんて鋭い返しがくるのが目に見えている。昨晩のことは爆豪からも口止めされているとおり、何も無かったことにしなければならない。

私は話題を変えようと頭の中で会話になりそうなことを考えていた。すると、轟とは対照的に朝から元気が溢れ出ている上鳴が最高のタイミングで私と轟の横を通過していった。

「今日から新学期!気分新たに気合入れていこうゼーイ!」

「そ、そうだね‥‥後期は赤点なしでね」

私は熱量の差に戸惑いながらも轟の意識をそちらに向けてくれた上鳴に感謝をし教室へと入って行った。もうほとんどのクラスメイト達が教室に集まっているようだ。ザワザワと騒がしい空間がそこに出来上がっていた。

それからほんの少しの時間が経ち、学級委員長の飯田くんは腕時計に目をやると気合の入った様子で口を開いた。

「これからグラウンドで始業式だ!さァみんな、廊下に並ぶんだ!」

緑谷と爆豪が登校していないことを誰も話題にあげないことから、アライアンスで掃除機をかけているところに皆が遭遇したのだと推測することができた。きっと謹慎になったことはそれぞれに伝わっているのだろう。

また、誰一人として私に昨晩のことを聞いてこないということは爆豪も緑谷も私のことは話していないということだ。あれは2人の問題であり、2人で責任を持って丸く収めるつもりなのだろう。

私はそれ以上余計なことを考えるのをやめ、飯田くんに促されながら廊下に出ていった。

「皆いいか!?列は乱さずそれでいて迅速に!グラウンドへ向かうんだ!」

飯田くんの声が廊下中に響いている。シュババッと手を高速で動かして誘導し整列させているが、残念ながら彼自身が列から大幅に外れてしまっているようだ。その様子を瀬呂は冷たく指摘した。

「いやおめーが乱れてるよ」

「委員長のジレンマ!」

ショックを受けたかのようにガックリと肩を落とした飯田くんを横目にお茶子は口を開いた。

「入学式出れやんかったから今回も相澤先生何かするんかと思った」

たしかに、『始業式に出ている時間があるなら鍛錬を』などと言われてもおかしくないが、あの頃とは状況が違う。そう考えていると、私の心の中で考えていたことと同じような返答をクラスメイトの尾白が口にしてくれた。

「まー4月とはあまりに事情が違うしね」

「そっか、確かに」

尾白の発言にお茶子も納得した様子をみせていた。

入学して初めて参加する始業式に向け、整列して足を進めていく。すると、そんな私達の前方から突然、嫌な声が高らかに聞こえてきたのだった。

「聞いたよA組ィィ!」

前を見ると壁に寄りかかる物間が視界に入った。その姿に私は思わずため息をついた。彼が次に言いそうな言葉も容易に想像がついてしまうからまたしんどさは倍増だ。

「2名!そちら仮免落ちが2名も出たんだってええ!?」

物間はこちらに急接近しながら、わざわざ嫌味たらしく口を開いた。どこか嬉しそうで、小馬鹿にしたような笑いを浮かべている。

「B組物間!相変わらず気が触れてやがる!」

「さてはまたオメーだけ落ちたな」

無視をすればいいものの、上鳴と切島が思わずツッコミを入れてしまっていた。以前の期末試験の際にB組のなかで唯一不合格となり補習に参加していたのが彼だ。そのため、上鳴はそう予想したのだろう。だが、そんな人間からあの不敵な微笑みは生まれるわけがない。

「ハッハッハッハッハッ」

物間の笑い声が大きく響く。私はキッと睨みつけ、奥歯をギリリと噛みしめてから言った。

「何がおかしいの、物間」

私のことをチラリと見た物間は、高笑いを突然やめスッとこちらに背を向けた。その行動の意味はわからないが、次に彼が口を開くときに不快を感じるであろうことは薄々感づいていた。物間は背中を向けたまま一呼吸置くように静まり返っている。

「いやどっちだよ」

切島が思わずツッコミを入れるが、それが間違いだったようだ。物間は振り返り様にこちらを見下したような目を向けながら不敵な微笑みを浮かべると、ニヤリと口元を緩ませて言った。

「こちとら全員合格。水があいたねA組」

物間の得意げな顔に苛立ちが込み上げてくるのがわかった。物間の後ろからはB組の面々が揃っている。そこには徹鐡の姿もあり、私に気付くや否や笑顔を浮かべながら悪気なく大きく手を振っていた。私は控えめに小さく手を振り返すが、その直後には私の後ろで轟が視線を落としながら呟いたのだった。

「‥‥‥悪ィ‥‥みんな‥‥」

その声にとても切ない空気が流れた。確かに私達A組のなかでは轟と爆豪の2名が仮免試験に落ちている。だが、それは別に謝ることではない。轟の儚げな表情を見て焦った切島は、慌ててフォローに入った。

「いやいや向こうが一方的に競ってるだけだから気にやむなよ」

そう声をかけても轟の視線が上がることはなかった。物間の思惑通りに気落ちしていく轟の目を覚まさせるために私も声をかけた。

「物間の言うことなんて聞き流しておけばいいよ」

私はそう言って物間をキッと睨み付けていた。新学期早々気分が悪い。そう心の中で呟いていると、物間の背後から背の低い女の子が顔を出して言った。

「ブラドティーチャーによるゥと、後期ィはクラストゥゲザージュギョーあるデスミタイ。楽シミしテマス!」

話したことは無いが、確かB組の子だったはずだ。話す言葉がやけに片言で英語と日本語が混ざり合っていて聞きづらいのは私だけだろうか。

「へぇ!そりゃ腕が鳴るぜ!」

切島はワクワクした表情を浮かべている。クラス合同の授業があると聞いてテンションが上がっているようだ。確かにそれはとても興味のある内容だ。今までそういった機会はほとんど無かったが、同じヒーロー科なのだからお互いに高め合う時間があってもいいだろう。そして何より、新たな個性を知り〈模写〉できることが純粋に楽しみだった。

表情には出さないものの私も密かに胸躍らせていると、物間と徹鐡の間を割って拳藤さんが前へ踏み出してくるのが視界に入った。

「彼女は角取ポニー。アメリカ人なんだよ。まだ日本語は勉強中だからよろしくな」

拳藤さんはそう言って親切に彼女のことを私たちに説明をしてくれた。その横では物間が何やらポニーさんに耳打ちをしている。その様子を目で捉えた瞬間に悪い予感がしていた。彼の行動の一つ一つは当たり前のように不快が生まれる。

ポニーさんは笑顔でこちらに言った。

「ボコボコオにウチノメシテヤァ‥‥ンヨ?」

それを聞いてアハハハッと大声で笑っているのは物間だけだ。きっとポニーさんは物間に耳打ちされた通りに発言しただけなのだろう。くだらなすぎて呆れるが、拳藤さんはすかさず物間に目潰しを喰らわせながら怒ったように言った。

「変な言葉教えんな!」

痛みもがく物間を私達は呆れ笑いながら見つめていた。拳藤さんのおかげでスッキリすることはできた。だが、相変わらず幼稚な物間に対し、私は小さくため息をついた。そして独り言のようにボソッと呟いた。

「ハァ‥‥爆豪がここにいなくて良かった」

「本当それな」

上鳴はそれを聞き逃さず共感してくれたようだ。

廊下でそうしたやり取りをしていると、気づけば廊下は他クラスの生徒で混雑し始めていた。

「オーイ後ろ詰まってんだけど」

後方からの声に飯田くんは焦ったように整列を促していく。

「すみません!さァさァ皆私語は慎むんだ!迷惑かかっているぞ!」

乱れた列を元の状態に戻し、私達が廊下の端を通るように歩き始めたところで後方から心操が追い越していった。先程後方から聞こえてきた声の主は彼だったようだ。心操は私達を横目にボソリと呟いた。

「かっこ悪ィとこ見せてくれるなよ」

とても冷たく、威圧的に言い放っていった。いつものことと言えばその通りだが、発言以上に違和感がそこにはあった。

「あれ‥‥なんかあいつ‥‥なんとなくゴツくなった気が」

後ろに並んでいた瀬呂に言われて確かに、と納得したのは彼の体型の変化だった。夏用の半袖シャツから覗く鍛えられた腕と、がっしりと広くなった肩幅、それに伴い首周りも太くなった気がする。体を鍛えているのは明らかだった。

「ま、男は筋肉だよな」

足元で華奢な峰田くんが格好付けて言っているのを無視して、私はただ心操の歩く背中を見つめていた。




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