Book-long-C

□無意識の意識化
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「それで、俺を呼び出したのは?」

天喰先輩は特に雑談をするわけでもなく早速本題に入っていった。朝はそう時間もない。それが合理的であることは間違い無いだろう。私は彼の目をしっかりと見据えて答えていった。

「聞きたいことがあるんです」

「聞きたいこと‥‥?俺に答えられるだろうか」

天喰先輩は私の言葉を聞いて少しだけ自信なさげに言った。ネガティブな彼の弱い部分だ。私は彼の瞳から一切視線を外さずに続けて言った。

「個性の発動についてです。天喰先輩は食したものの特徴を体のどこからでも具現化して〈再現〉できますよね。それって“この特徴は手に、この特徴は足へ”みたいに意識して〈再現〉しているんですか?それともランダムで決まるものなんですか?」

意識した場所に理想の形で生やすことができるものなのか、そうではないのか。私はそう質問をしつつ、心の中ではある答えを期待していた。それは『意識したものではない』ことへの期待だ。

自分の意思に反して触れた者全てを“無意識”に〈模写〉してしまうのと同じようなことが、他人の個性でも起こり得るのかを確認したかったのだ。天喰先輩は私の目を真っ直ぐ見据えたまますぐに答えた。

「無意識だよ」

その言葉に私は一瞬ホッとしてしまうところだった。だが、そうさせるより早く天喰先輩は続けた。

「でも、それは鏡見さんの“無意識”とは訳が違う」

私は心の中を読まれたような気がして一瞬体をこわばらせ口を紡いでいた。天喰先輩は続けて話していく。

「無意識と言っても俺のは“勝手に発動してしまう”わけじゃない。そうだな‥‥“いちいち意識しないでも発動できるようにしている”というのが表現としては1番近いかな」

「意識しないで‥‥発動‥‥‥?」

私は食い入るように彼を見つめた。彼はいちいち意識しないで体全体にその場その場に適した食物を〈再現〉しているのだという。それはつまり私でいうならば意識などせずに人を〈模写〉し、無意識的に変貌して立ち回るという発動の仕方をしているということだ。それは私が期待していた“無意識”とは次元が違う話だった。

天喰先輩はあからさまに気落ちしている私にとどめを刺すように言った。

「強くなるなら個性の発動は“無意識”の中に組み入れなければならない。日常生活と同じくらいに何も考えなくても、いや別のことを考えている時ですら瞬時に発動出来るくらいにならないと」

言葉一つ一つが胸に突き刺さっていく。正しいことを当たり前に言っているだけなのに、私にはとても厳しい言葉に感じた。確かに彼のいうことはごもっともだ。個性を発動する度に頭で考えていたら、そこで生まれる0.1秒ですら命取りになりかねない。

私はそれを考えたら少しだけ気が遠くなってしまっていた。視線をゆっくりと落とし、口を小さく開けて力なく答える。

「そんな‥‥対象すらまともに選定できないのに無意識でなんて‥‥」

馬鹿みたいだ。私は一体何を期待していたのだろう。皆、自分の個性は誰よりも理解し使いこなせている。それがきっと当たり前で、私や緑谷のように今もなお制御がきかず苦戦している方が少数派なのだろう。

なんだか涙が出てきそうだった。なぜ私はこんなところでつまづいているのだろうか。毎日鍛錬してきたはずなのに、なぜ今頃になって個性の使い方で悩んでいるのだろう。個性の発現から今に至るまで、こんなにも時間はあったというのに。もっとできることはあったはずなのに。

拳を強く握りしめて下唇を噛み締めた私に、天喰先輩はそっと近づき言った。

「鏡見さんは、“無意識の意識化”って言葉知ってる?」

突然の問いかけに私は視線を上げつつ、頭の片隅にクエスチョンマークが揺れるのを感じながら小さく答えた。

「いえ」

「人はみんな、気にしていると日常生活が成り立たないことを意識しないように、つまり無意識に過ごしてるんだ。例えばどちらの足から歩き始めているとか、座っているときに足はどこに置いているかとか」

私は天喰先輩が何を言わんとしているのか、よく分からないまま話を聞いていた。彼はこちらの反応は特に気にする様子もなく続けていく。

「でも、敢えてその無意識を意識してみるんだ。今まで無意識にやってきたことにスポットライトを当てて意識する。そうすると、思いがけない発見があったりする」

「敢えて意識‥‥」

私は絞り出すように声を出した。天喰先輩は私の目をしっかりと見て続けていく。

「だから鏡見さんも、これまで気にもして無かったことを逆に意識的に目を向けてみるなんてどうだろうか」

私はその言葉がスッと体に染み込むように消えていくのを感じていた。少しだけ気持ちが軽くなったようだ。気にもしていなかったことに目を向ける、そんな時間が私には必要な気がした。

すると話を打ち切るかのように校内にはキーンコーンカーンコーンという音が鳴り響き、始業時刻が近づいていることを私達に知らせた。

「時間か。まァ色々偉そうにいったけど、俺も食べてないものは発動出来ないから、頭の片隅には食べたものを記憶してる。つまり完全に無意識かって聞かれたらそうでもない。だからあまり思いつめない方がいい」

「天喰先輩‥‥ありがとうございました」

私は深々と頭を下げた。そして鍛錬場を後にする天喰先輩の背中をじっと見つめていた。

確かに私は何か言葉にできない不安に駆られている。漠然とした焦りや葛藤、そして苛立ち。周りのみんながどんどんと成長していくのを間近で見ているからかも知れない。置いて行かれたという孤独に似た感情が渦巻いていた。

だが今日天喰先輩の話を聞けたことで少しだけ気持ちが楽になった気がしている。やれるだけのことをやってみよう。私はそう心で呟くと、リュックを手に取り少しだけ心を弾ませて脚を踏み出して行った。



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