Book-long-A
□卑劣
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その後、全工程を終えヒーロー基礎学の授業は終わりの時間を迎えた。やはり、個性によって機動力には差があるようだ。〈セロハン〉で私と同じように対応した瀬呂、〈エンジン〉で怪我人であることを微塵も感じさせない機動力を魅せた飯田くん、〈黒影-ダークシャドウ-〉で建物と建物の距離や高低差に柔軟な対応をした常闇は特に目立った活躍をしていた。
そしてもう一人。意外と言っては失礼かもしれないが緑谷がすさまじい機動力を発揮したのだった。結果は足を滑らせて落下したことにより最下位となったが、途中までは瀬呂より早く目的地を目指していた。まるで爆豪から技を盗んだかのように、建物と建物を軽快に飛び移っていった。どうやら職場体験の一週間で得たものは大きかったようだ。
「鏡見さん」
ボーッとしながら考え事をしていた私は八百万さんの声で我に返った。
「え、あ、うん。なに?」
そういえば私は今、授業を終え更衣室で制服へ着替えているところだった。いや、正確にはまだ着替え始めてもいない。コスチュームを脱ごうとする手は完全に止まっている。
「ここから峰田さんの声が聞こえますの」
そう言って指で示すのはロッカーの隣にある壁だ。よく見ると人差し指が入るくらいの小さな穴が空いている。
「見ろよ……この穴……!」
「隣はそうさ……わかるだろ……!」
聞こえずらいが、それらが峰田くんの声であることは確かだった。隣は男子更衣室、嫌な予感が頭を過る。
「ウチに任せて」
そう言って前へ乗り出たのは耳郎さんだ。コード状の耳たぶを壁に刺し、隣の男子更衣室の音を拾っている。
「どう?響香ちゃん」
お茶子は不安そうにそれを見つめながら聞いた。
「飯田が止めてくれてるっぽい」
それを聞いて少しだけ安心する私達だったが、それはほんの一瞬の出来事だった。穴の先から、私達でも拾えるほどの峰田くんの声が女子更衣室内に広がった。
「八百万のヤオヨロッパイ!芦戸の腰つき!葉隠の浮かぶ下着!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァァア!!!」
ブスッ。
耳郎さんは何のためらいもなく、自身の耳たぶを穴の中に忍ばせた。そして穴の先から覗いているであろう峰田くんの目に勢いよくそれを突き刺した。
「あああああああ!!!」
その悲鳴がすべて想像通りであることを物語っていた。
「何て卑劣……!すぐに塞いでしまいましょう!」
そう言って八百万さんは自身の体から粘土のようなものを〈創造〉すると、その穴にそれを詰め込み隙間なく塞いで行った。
「私と耳郎さんのこと何も言ってなかったね」
みんなが峰田くんへの怒りを露わにする中、私はなんだか可笑しくて笑ってしまっていた。
「それは口に出しちゃ負けよ、鏡見ちゃん」
すぐさま梅雨ちゃんに止められたが、耳郎さんは自分の胸をチラリと見たあと口を尖らせてまた着替えを再開させたのだった。
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