Book-long-A

□説教
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病室内には緊迫した空気が流れていた。

「人を……救けるのがヒーローの仕事だろ!」

轟が大きな声で反応を返すと、見かねたグラントリノが間に入り両者を落ち着かせた。

「まァ……話は最後まで聞け」

グラントリノはそう言って轟を宥め、署長に視線を送った。どうやら話には続きがあるようだ。

「以上が警察としての意見。で、処分云々はあくまで公表すれば、の話だワン」

「それって、どういう……」

ハッキリしない物言いに私は疑問しか湧かなかった。何が言いたいのか、結果を急かすように聞く。

「公表すれば世論は君らを褒め称えるだろうが、処罰は間逃れない。一方で汚い話、公表しない場合ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン」

私は黙って話を聞いていた。先ほどのような私達を責めるような口ぶりでは無い。

「幸い目撃者は極めて限られている。この違反はここで握り潰せるんだワン。だが君たちの英断と功績も誰にも知られることはない」

轟、緑谷、飯田くん、私の4名は顔を見合わせ、お互いに頷いた。答えは決まっている。

「よろしく……お願いします」

私達は頭を下げた。名誉も名声も、栄光もいらない。私達が雄英生でいられて、これからも普通にヒーローを目指せればそれでいいのだ。

「大人のズルで君たちが受けていたであろう賞賛の声は無くなってしまうが……せめて、共に平和を守る人間として……ありがとう!」

そう言って署長は私達に頭を下げ、グラントリノやマニュアルさんと共に病室を出て行った。

「……危なかったね」

私はそう言ってしばらく閉まった扉を見つめていた。冷静に考えて、本当に大変なことをしてしまったという実感が湧いてくる。

「うん……とりあえず退学とかじゃなくて良かったよ」

緑谷もまだ切り替えられる余裕は無さそうだ。大人のズルとは言っていたが、署長の計らいでなんとか繋ぎ止めることができたが、一歩間違えればもう雄英には戻れなかっただろう。

「ごめん……みんな、僕が巻き込んでしまったせいで……」

「無事だったし、もういいだろ」

申し訳なさそうに俯く飯田くんに轟は言った。無事とは、私達の処分を意味するだけではないだろう。昨日の出来事は、全員の命があっただけ良かったと思わなければならない。

そんなことを考えていると、病室内に携帯が震える音が鳴った。

「ぼ……僕、ちょっと電話してくる!」

緑谷は携帯を握りしめ、病室を出て行った。顔が赤い。お茶子から連絡でも入ったのだろうか。私はその様子を黙って目で追っていた。

「僕も……もうすぐ診察の時間だ。行ってくる」

そう言って飯田くんも動きづらそうにギプスで固定された両手を見つめながら病室を出て行った。あっという間に2人きりになった私と轟の間には、妙な無言の時間が流れる。

「……なんか」

その空気に耐えきれず静寂を断ち切ったのは、私の方だった。

「轟、変わったよね。前と」

「そうか?自分じゃあんまりわかんねぇけど」

私はまたパイプ椅子に腰掛け、背もたれに寄りかかった。なんだか、先ほどの話を聞いてどっと疲れが出てきている。

「変わったよ。なんか、人としての感情があるっていうか人間らしくなったっていうか……うん、すごくいい感じ」

「はっ……なんだそれ」

私の説明下手な様子をみて轟はフッと笑った。言いたかったことが伝わってはいないだろうが、そんな反応すらも私には新鮮に感じていた。

「……でもまぁ、お前のおかげかもな」

病室の床を優しげな表情で見つめながら、あまりにも小さく呟いた轟の声を私はしっかりと耳で捉えることが出来なかった。聞き返そうと口を少しだけ開いたところで、それは聞き覚えのある声によって妨げられた。

「あー!いたいた!こんなところに!」

「げっ……マンダレイ……!」

病院内だというのに大きな声で入ってきたのはマンダレイだった。コスチュームを着ていない彼女はとても清楚で大人びたお姉さんのような雰囲気を漂わせている。怪訝な表情を浮かべる轟に私は言った。

「ほら、私の訪問先の……」

「ああ」

納得した様子を見せる轟を横目に私は昨晩の消太さんの言葉を思い出し、説教をされる心の準備を整えていた。

「まったく無茶して!どんだけ心配したと思ってるの!?」

「す……すみません」

「虎とラグドールがすごく落ち込んでるんだから!」

「知ってます……」

「リハビリに我ーズブートキャンプやるって言ってたけど」

「…………はい、やります」

轟を前に私はマシンガンのように浴びせられる説教を受けた。少しだけ驚き戸惑った表情でその様子をただ黙って見ている轟だったが、時間としては案外短い時間でそれは終わりを迎えたのだった。マンダレイも心配して駆けつけてくれた。ピクシーボブはマタタビ荘を離れられず留守番しているそうだが、言いたい事は溜まっているそうだ。明日の退院が少しだけ憂鬱になるが、みんなの気遣いを嬉しく思う。私は包帯が巻かれた腕を摩りながら、昨日の緊張が嘘のように笑っていた。

こうして思わぬ形で始まった路地裏の戦いは、人知れず終わりを迎えたのだった。




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