Book-long-A
□お願い
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その日の夜。私は消太さんに畏まった口調で話しかけた。
「消太さん、ちょっとお話が」
愛猫を撫でながら、何やら学校の資料を眺める消太さんは、視線を移さず冷静に言った。
「なんだ?改まって。勉強は自分でやれよ」
“丸わかりだぞ”とでも言いたげなその表情を裏切って悪いが、いま私が伝えたいのはその話ではなかった。その気持ちも無きにしも非ずだったため、あまりの図星に少しだけドキッとしたのは事実なのだが。
「いや、そうじゃなくて。あの……私も携帯が欲しい……です」
「携帯?」
予想外の話だったのか、消太さんは資料から目を離しこちらを向いて目を見開いた。
「はい……最近はヴィランとの接触も増えてきていて、いつでも助けを呼べる手段がないのが不安で」
ただジーッと見つめる消太さんと目を合わせることができず、モジモジと手先をいじっていた。すると、消太さんは何かを探るように問いかけた。
「理由はそれだけか?」
ああ、すべて見透かされている。私はそう感じた。彼が読心術の達人ではないのはわかっているが、これは今に始まった事ではない。彼にはなんでもお見通しだ。
「あと……もっと、クラスのみんなと接点を持ちたい……っていうのもあったりして」
「そっちを先に言え」
資料をテーブルに置き、立ち上がった消太さんは何やらガサゴソとチラシの山を漁っていた。
「鏡子お前……ちゃんと成長してるな。安心した」
「それってどういう……」
消太さんは優しげな瞳で私を見つめながら携帯電話の広告を差し出した。よくわからないが、とりあえず携帯電話を手に入れることが出来そうだ。私は消太さんから広告を受け取ると黙ってそれを眺め、気持ちを高ぶらせていた。
期末テストが待ち受けている。買ってもらうからにはしっかりと勉強しなければならない。みんなと連絡を取り合い、何が何でも林間合宿に参加するんだ。
「ちなみに筆記テストって……」
「一学期でやったことの総合的内容、以上。特別扱いは無しだ」
私の魂胆を先読みした消太さんは、また資料を手に取り一切のヒントを与えることなく話を終わらせた。
そして週末。私は生まれて初めての携帯電話を、ついに手に入れたのだった。
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