Book-long-B
□わがまま
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「もう消太さんを毎朝〈模写〉することも、ご飯を作ることも……いろんなことがなくなるんですね。なんか、寂しいです」
私がふわりと布団に飛び込むのと同時に軋む扉は光を少したりとも入れぬよう隙間なく閉まった。ベットには消太さんの匂いがまだ残っている。とても安心するのがわかる。物思いにふけりながらも、そうやって眠りにつけそうなほど落ち着きを取り戻していると消太さんは小さく言った。
「別に離れて暮らすからって何が変わるわけでもない。他の奴らだって同じ、親元を離れて暮らしてても親子であることに変わりはない。それと一緒だ。なんなら通学時間がない分、俺は安心していられるしな」
少しだけ眠たそうにあくびまじりに聞こえる消太さんの低い声に、私はフッと笑いながら答えた。
「そんな、通学途中にヴィランに襲われるなんてそうそうある事じゃないですから」
「まァな」
こうやって眠りにつくまで話が出来る人がいるということに、家族という大きな存在による安心感を感じていた。そして同時に私は思い出した。まだここへきたばかりの頃、一緒の部屋で寝てくれるなんてことはしなかったものの、私が毎晩泣いて泣いて、泣き疲れて眠りにつくまでの間ずっと私の手を繋いでいてくれた日々を。朝になると消太さんの姿はなく、毎朝私は不安になって消太さんの部屋に駆け込んでいたものだ。
それは今も変わらない。朝起きて、消太さんが居なくなっていたらなんて考えては不安で堪らなくなる。彼を起こしに行くことが日課になっているが、それは私の不安を払拭するための行為でもあるのだ。
「ねぇ、消太さん」
「うん?」
私は床で横になっているであろう消太さんの方に体を向け、真っ暗で何も見えない視界のなか口を開いた。
「昔みたいに、私が眠るまで……手、握っていてくれませんか」
そう言うと消太さんは私が差し出した手を何も言わずに握り返した。暖かいぬくもりとゴツゴツとした大きな手が私を安心感で包んで行く。こんなにわがままを重ねてはきっとバチが当たるだろう。朝なんて来なければいいのに、なんて意味のない願いを心で唱えながら、私はそのままゆっくりと夢の中へと入っていった。
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