Book-long-B
□目薬
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私が部屋に閉じこもってから、どのくらいの時間が過ぎただろう。とても長い時間こうしていたような気がするが、実際にはそんなに時間は経過していないのかもしれない。それでも、涙が枯れるほどに泣いた私の瞼はそれなりの代償を払い、いつもよりも重くのし掛かっていた。いつの間にか呼吸も落ち着き、気持ちの面でも冷静さを取り戻しつつあるようだ。
「鏡子」
コンコンというノックと共に聞こえた消太さんの声が、扉の向こうから聞こえてくる。私はそれを聞こえないものとして無視をした。これだから未だに子ども扱いされてしまうのだろう。それでも私は不貞腐れたことを示すために、半ば意地を張った状態で蹲っていた。
「ちょっと出て来られるか?話そう」
先ほどとは違う、いつもの優しい消太さんの声だ。私はしばらく下唇を噛み締め黙っていたが、我慢しきれず立ち上がるとゆっくり扉を開いていった。
「目、真っ赤だな」
「誰のせいですか」
私の顔を見るなり無神経なことを言う消太さんに、冷静を取り戻した私はすかさず答えてみせた。すると、消太さんは自身のポケットを漁り、いつも常備している目薬をこちらへ差し出しながら言った。
「これでもさしとけ」
そんな不器用な優しさに私は少しだけ笑いをこらえながらも、わざと不機嫌そうに口を尖らせて答えた。
「私、目薬は苦手なんです」
事実、目を開いたまま視線の先に揺れる雫が今か今かと落ちようとしている様が私は苦手だった。ドライアイの消太さんのように毎日目薬をさすなんてことは考えられない。
私の告白があまりにも意外だったのか、消太さんは珍しく気だるそうな目を少しだけ見開いて口を開いた。
「それは初耳だな……そうか。まだ鏡子のことで知らないことがあったとはな」
消太さんは物思いにふけるように一旦視線をそらしたが、再度私の目をじっと見つめて続けた。
「悪いな。さっきは少し大人気ない意地悪をした」
「え……?」
消太さんはポリポリと頭を掻きながら、あまり反省したようには見えない態度で私に言った。そんな態度でさえも、私は希望を持ってしまった。明るさを取り戻すように少しだけ笑顔を浮かべながら私は言った。
「じゃあ私、ここに居ても……」
「いや、ここを離れるのは変わらない。さっきも言ったがこれは決定事項だからな」
一瞬とはいえ、私に期待を持たせたことすら悪意を感じる。勝手にいい解釈をしたと言われたらそれまでなのだが、私は即答された返事に肩を落としていた。すると、消太さんは私に一枚のプリントを手渡しながら言った。
「雄英に間も無く学生寮が完成する。そこに雄英の生徒は皆入居し、強化された警備体制の中で生活をするという話で固まった。そこでなら多少の監視下にあるため今までのような無茶は出来ないし、警備態勢も整っているから安心して過ごせるってわけだ」
「学生寮……」
“全寮制導入検討のお知らせ”と書かれた紙に目を通しながら私は呟いた。追い出されるわけではなかったという事実への喜びと、雄英高校の全寮制という唐突な話に私は状況を飲み込めずにいた。
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