Book-long-@

□嘘
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ピッ……ピッ……ピッ……。

集中治療室の扉を抜けると、心電計の機械音が聞こえてきた。これは消太さんの心臓の速さを意味しているようだ。等間隔で規則正しく鳴り続ける音は逆に私の心を不安にさせた。

白で統一された殺風景な治療室を私はジリジリと足を引きずりながら心電計の音を辿っていく。どうやらこの仕切りの先から聞こえるようだ。私はゆっくりと静かにカーテンのような仕切りを横へとずらした。

「しょう……たさん」

顔から体、指の先まで上半身は包帯でグルグルに巻かれて横になっている。もはや顔は一切見えていない。目も含め、全てが包帯で覆い隠されていた。

それでも髪型や体型でそれが消太さんであることは間違いなかった。こんな姿の彼を私は今まで見たことがない。出会って10年余り、これまで様々なヴィランと戦う背中を見てきたが、こんなにボロボロになるのは初めてのことだった。

私は静かにベットへ近づき、包帯が巻かれた指先に少しだけ触れてみた。消太さんが生きていると、体温で感じたかったのだ。

すると今にも消えそうな、あまりにも小さな声が包帯の奥から聞こえてきたのだった。

「無事だったか……鏡子……よかった……」

消太さんの表情は見えない。それでも、意識が戻ったのは確実だった。一瞬にして私の目は、涙でいっぱいになってしまった。

「また……泣いてんのか……」

ああやっぱり。見えていないずなのに、消太さんには何でもお見通しだ。いつもなら“また”と言われて不貞腐れるところだが、今日の私は彼に悟られぬよう嘘をついた。

「泣いてません。消太さん、なんですかその姿は。早く良くならないと授業再開に間に合いませんよ」

私は震えた声で悟られぬように冷たく言った。“後遺症”ーーーーなぜかプレゼント・マイク先生のその言葉が一瞬頭をよぎる。お願いだから神様、彼から目を奪わないで。ヒーローであり続ける道を途絶えさせないで。そう心で叫びながら、私は涙を堪えることで必死になっていた。

包帯越しに指先から伝わる体温がやけに心地いい。生きているということがこんなにも素敵なことなんだと、残酷にもボロボロになった消太さんを見て知った。

「おまえは……鏡子。……怪我は……?」

そう尋ねられて、少し戸惑ってしまう。なぜなら、いまの私は肋骨が折れたことで、呼吸や発声すらも痛みを伴っている。立っているのが辛い程だ。それでも、私は平常心を保ちながら嘘をつき続けた。

「おかげさまで軽傷です。安心してください」

本当の私は頭部・腹部共に包帯が巻かれ、消太さんほどではないとはいえ痛々しい姿をしていた。それでも、彼は今そんなことを心配する必要はない。自分のことだけを考え、早く良くなってくれればそれでいいのだ。

私はこれ以上ここに居ては泣いているのを隠しきれないと悟り、その場を去ることにした。

「また明日、お見舞いに来ます。今日はゆっくり休んでください」

返事はない。寝てしまったのかもしれない。私は足を引きずるのをやめ、パタパタとわざと足音を立てながら集中治療室を後にした。これが私が消太さんについた最初で最後の嘘だ。



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