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仕事帰りによく立ち寄る本屋
そこで偶然に再会したクザン
青いシャツに白いベスト
数年ぶりに会っても
変わらず一目でわかる
本屋から出て
外で数分話したあと
またね と笑って別れた

それからもあたしは
今までと同じように
仕事帰りにその本屋に立ち寄り
目当ての本を探したり
ただぶらぶらと背表紙のタイトルを追った

「あ、いた」
その声に振り替えると
やっぱり青いシャツに白いベストのクザンが立っていた
「クザン。仕事帰り?」
「まあね。」
なんとなく連れ立って外に出る
いつかと同じように
数分他愛もない会話をした後で
「飯でも行かない?」
とクザンが誘ってくれる
「行く〜!」
間髪いれずに答えると
クザンが目を細めた
「やっぱり紅、かわいいわ」
「は?」
あまりに予想外の一言に間抜けな声が出る
「まぁ、いいから。ほら行こうや。」
歩き出すクザンの後を追う

夕飯には早めの時間
人気の食堂もまだまだ空席が目立つ
ビールグラスをカチンと合わせ
二人でグイと煽る
「ん〜。紅と飲むとうまいねぇ。」
「ねぇねぇ、さっきからそれなんなの?ずいぶん誉めるじゃないの。」
「俺はずーっとそう思ってたの。口に出したのが今なだけで。」
「よくわかんないわぁ…」

クザンとあたしは数年前はよく一緒に会っていた
あたしの友達の彼氏として
飲み会や肉会や小旅行
仲間で多いに楽しんだ

「で?今はどうしてんの?」
「元気よ?」
「違うわ、恋人とか結婚とか。」
「旦那が一人。クザンは?」
「ん〜…いないね」
歯切れの悪い言い方に
プッと吹き出してしまう
「適当に遊んでるのね。」
「…まあね。つうか俺今だいぶテンション上がってんのよ」
「そうなの?」
「だって紅とまたこうやって飯食えるなんて嬉しいでしょうが」
クザンは運ばれてきた焼き鳥を
それは美味しそうに食べ
ビールで流し込んだ
「俺のお気に入りだったのよ、紅。気になる存在と言うか。」
「そんなの…あたしもクザンは好きだよ?話しやすいし、気使わないし。」
「だよね?」

なんだかよくわからない告白大会
だけど気持ちは本当にそうだった
仲間でいても
クザンが一番話しやすい男友達
下ネタでも
浮気絡みの話でも
あたしの苦手な女子同士の複雑な心理戦の模様も
まるで女同士のように
時には男同士のように
クザンとはタブーなく軽く話せた

「そろそろ時間。」
あたしは時計を見て
帰り支度をする
「あらら…そうね、いつまでも人妻引き留めておけないわな。」
楽しい時間はあっという間に過ぎ
会計を済ませると
店から出る
「家近いの?」
「歩いて15分くらいかな」
「んじゃその辺まで送るわ。」

二人並んで夜道を歩く
ポツポツと会話をしながら
ぎこちなく
それは最近なかなか感じたことのない
なんだかくすぐったいような
決して居心地の悪いわけではなくて

「もう、この辺で…」
「あらら…あっという間じゃないの」
近所の小さな公園の前で立ち止まる
「じゃあね」
あたしが言うと
クザンは両手を広げてあたしに何かを要求する
「?それはなに?」
笑いながら問いかけたあたしに
クザンは距離を縮めた

ギュッ

今まで微かにしか嗅いだことのない
クザンの香りに包まれる
「ありがとね。楽しかった。」
大きなクザンに包まれ
力強く抱き締められ
顔を押し付けた胸から
直接クザンの低い声が響いてくる
「あたしも楽しかった。会えて良かった」
自分でも驚くほど甘えた声音
クザンの腕がゆるめられ
胸から顔を離して見上げる
クザンの顔がゆっくりと
確実に唇に近づいてくる
唇の触れ合う手前で
あたしはゆっくり顔を反らした
クザンの唇が
頬に触れる
「あーらら…かわされちゃったね」
頬から離れた唇は
あたしの耳元にそう呟いて離れた
「ふふ…またね」
あたしはクザンの唇に
指で触れて笑った
「ああ、また」
合図したかのように
二人同時に振り返り歩き出す


『また』は
ないだろうな、きっと

キスをかわしておきながら
唇に触れるなんて
思わせ振りなことをして
あたしも随分欲張りだ


だけど今はこれで充分
あたしはまだ
女としてみてもらえている
そう感じることができて満足
今はこれでいい
今は…


「ただいま」
明かりのついた部屋に安心して
あたしは玄関の扉を閉めた

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