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□最高のプレゼント
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いつからだろう。
四人の弟のうち、一人だけを意識するようになったのは。
例えば、寝る前に歯を磨いてパジャマに着替えて布団に入るように、一人の弟を目で追うようになっていた。
それはからあげが好きとか歌が好きとか、そんな当たり前のことのように俺の心のうちにあった。

ああ……好きなんだな。

諦めでも驚きでも畏怖でも嫌悪でもない。
俺はただ思った。
見てみぬふりするには、余りに大きすぎて。
追い出すには、俺の日常の一部となりすぎていて。

どうすることもできなかった。
目で追い、弟の一挙手一投足を脳裏に焼き付けていた。
いつか、離れ離れになってもいつでも思い出せるように。

そんな日々から一年が経った頃。
高二になり、演劇部でも役を貰えるようになって意識的に演劇へとのめり込んでいたある秋の日。

忘れ物を取りに部活後、教室へ戻る途中、想い人がいた。
自分の教室で思い詰めたように外を見る彼に、胸がざわめく。

一瞬、声をかけるのを躊躇う。
沸き上がってくる色んな思いを飲み込み、いつものように声をかけた。

「一松!もう下校の時間だぞ!」
「…………なんだ、カラ松か」
「なんだはないだろ〜」

軽い足取りで歩み寄れば、伏し目がちな瞳と視線が合う。
そういえば、こんな風に二人っきりになるのはどれくらいぶりだろうか。
毎晩隣り合って寝ているというのに、おはようやおやすみ以外で話した記憶がないな…。

「……なに?」
「え?あ、いや………あ!先輩だ!」


怪訝そうに聞かれ、慌てて窓の外を指差した。
別に深い意味はないのに、一松に見つめられると自分の気持ちまで見透かされそうだったのだ。

「先輩、最近恋人ができたらしいんだ!部活の合間にいつものろけ話を聞かされるんだ!
でもすごく幸せそうで見てたらこっちまで幸せな気分になるんだぞ!」
「…………ふーん」
「もうクリスマスの約束もして、プレゼントも選んでるらしいんだ
本当、好きみたいで…」

捲し立てるように話す俺に、一松は興味なさげに窓の外を見ていた。
だから俺も窓の外を見る。
もう日が落ち肌寒い中、手を繋ぎ寄り添い歩く二人の姿は俺の理想で………

「……………いいなぁ」

気づけば呟いていた。

「……あんたでも、恋人欲しいんだ」
「あ、まあ……そうだな」
「…………ふーん」


一松と恋人同士になれたら、なんて口が裂けても言えない。


「いるの?好きな奴…」
「……………あ〜、別に…」
「いるんだ
あんた相変わらず嘘が下手だね」

口ごもっているとズバズバと言われ、返す言葉がない。
ちらりと顔を見れば、一松もこちらを見ていて慌てて視線をそらす。
このままでは誰が好きなのかと問われてしまいそうで、同じ質問を一松にすることにした。

「一松は好きな子いないのか?」
「…いるよ」
「…………………そうなのか
一松の好きな子なら可愛い系かな?
物静かな方が好きそうだが、おしゃべりな子でも合いそうだな」

ショックだった。
一松にだっていつか恋人ができるだろうってずっとわかっていたはずなのに、好きな人がいると言われただけで頭が真っ白になる。
でも、それを悟られないようにぺらぺらと適当なことを話せば、一松は遠くを見て…

「うん…まあ、可愛いと思う。
天然っぽいところあるし、面倒見よくて優しいのに抜けてるところがあって…可愛いと思う」

語った。
本当に好きなんだなぁ、と思うのと同時にジワリと胸に広がるイガイガした嫌な感情。

「そうか!きっと一松とお似合いなんだろうな!
兄として、応援しているぞ」


大丈夫。
きっと上手く笑えている。
俺はお兄ちゃんなんだから、弟の幸せを奪うようなことはしちゃいけない。

「……きっと上手くいくよ、一松」

うん。
きっと上手くできる。

「………じゃあさ、練習に付き合ってくれない?」
「……?」
「恋人の、練習」
「……………………………へ?」


一松曰く。
デートの仕方も会話の仕方も、告白のシチュエーションもわからないから練習させてほしいと。

俺は、想い人からの予期せぬお願いに二つ返事で了承した。

例え後から辛くなるとわかっていても、少しの間だけでも一松を近くに感じたかった。




帰り道、差し出された手のひらに重ねた自分の手から感じるぬくもりが、たまらなく幸せだった……
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