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□キミとボクのごっこ遊び
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朝。


まだ生徒の登校前で人がまばらな校門を抜けて、俺は校舎裏へと急ぐ。




目的は、校舎裏に最近いる子猫…



「せ〜んせ!」



「うわぁっ!?」



の世話をする保健医の先生。




座って子猫を撫でていた先生に背後から抱きつくと、驚き照れた顔でこちらを振り向いた。



「あのね…びっくりするでしょ」



眼鏡越しに気だるげな瞳を寄越す。



ぴょこぴょこと跳ねる髪も可愛らしくて、俺はそんな先生のほっぺにキスをした。



すると、顔を赤らめて慌てる先生。



「あははッ

先生、顔真っ赤だよ」



「…………大人をからかうもんじゃないよ」



笑う俺をちらりと見て、拗ねたように背中を向けてしまった。



10歳近く歳上なこのシャイな先生は、俺の恋人だ。



俺の猛アタックにより口説き落とした可愛い可愛いハニーなのだ。


「先生、拗ねないでよ〜

こっち見てよ〜」



「…………別に、拗ねてないよ」



「ホント?

じゃあこっち向いて?」



抱きつき、言うと渋々こちらを向く。



俺なんかよりずっと大きな身体をしているのに、まるで小型犬みたいなしぐさ。



そのギャップがたまらなく大好きだ。




「……………松野、そういえば時間大丈夫?」



「え?あ!ヤバッ、急がなきゃ…」



ふと先生に言われて時計を見、慌てる。


あと15分で朝練が始まってしまう。



バタバタとスポーツバックの中からビニール袋を取りだし、先生に渡した。



「先生の分のお弁当だ
俺が作らないと、いつもコンビニばかりだからな」



「………ありがと」



おずおずと受けとるのを確認して、俺は急いで体育館へと向かった。




これが、俺の毎朝の日課だった。










少なくとも、今日までは………。










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俺には、9歳から12歳までの記憶がない。



どこで、何をしていたのか。



全く思い出せない。




8歳までは普通だったと思う。



父がいて、母がいて。


仲のいい家族だった気がする。



けれど、大きな空白を経て再度見た父と母の姿は違っていた。


やつれ、疲弊し、俺を遠ざけた両親。



表向きの優しい笑顔の裏に、腫れ物を扱うような、畏怖の対象のような、汚いものをみるような態度と視線。





子どもながらに、それらを敏感に感じ取った俺は、極力家族との接触を避けた。



部活にのめり込み、家では部屋にこもり、何も感じないようにただ勉強をした。



学校でも、居場所はなかったけれど、誰も近づかないだけで家よりは幾分がマシだった。



記憶を失ってから、俺に付きまとう喪失感と空虚感。



漠然と感じるそれは、いつも俺を蝕んできた。



足りない。



何かが足りない。



何が?



思い出そうとするといつも頭が痛くなる。



そんな鬱々とした生活を続けた俺は、県外の高校を受験した。



皮肉なことに引きこもり勉強のおかげで成績のよかった俺は、遠くにある有名大学の高等部に難なく入学。



両親は嬉々として喜んだ。



そりゃあそうだろう。


俺と離れられるのだから。



何故か寮生活だけは拒否され、俺は高校生にして一人暮らしをすることとなった。



正直、誰かと長時間関わることが苦手なので寮ではなく一人暮らしできることは助かった。




家事も、料理も、洗濯も、掃除も、すぐに慣れた。
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