藍夜の涙 〜月朧〜
□38話 ふたつの鈴
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「本当に大丈夫?」
思ったよりあっという間に着いてしまった小福さんの家。
繋いでいた手を名残惜しく離せば、心配そうに見つめる茜色と目が合う。
「あのバカに送らせようか?」
『本当に大丈夫だよ。』
それに…
『夜に出歩いた事がバレたら、怒られちゃうからね…』
それは夜トとの約束事のひとつ。
夜は出歩いてはいけない約束になっていた。
はっきりとした時間はわからないが、辺りはすっかり黒く染まり、等間隔に並ぶ街灯にも明かりが灯っていた。
もちろん、目の前にある小福さんの家にも暖かな明かりが点いている。
きっと誰に聞いても夜だと返事が返ってきそうな状況である。
こんな時間に出歩いた事が夜トに知られたら、また怒られるんだろうな…なんて事を頭の片隅で思いながら、何処か遠くを見つめる。
とても携帯で時間を確認する気にはなれなかった。
『心配しなくても、ちゃんと帰れるから大丈夫だよ。』
これ以上雪音を心配させまいと、なるべく穏やかにそう伝えるも、雪音の表情は変わらない。
「じゃあ、オレが一緒に…」
しかし、その後の言葉は続かなかった。
私を家まで送りたい気持ちはあっても、この闇が邪魔をする。
雪音は闇を怖がるのだから、しょうがない事なのだが…
………
雪音が納得してくれないまま、時間だけが過ぎていく。
このままでは埒があかない。
帰りが遅くなれば、今度は夜トが雪音を心配をするだろう。
『…わかった。妖に襲われたら連絡するからね。』
「いや、襲われたら困るんだけど…」
『…なら、妖と目を合わせないようにダッシュで帰るから‼』
「…転んで怪我したらどーすんの?」
本気で言ったのに、少しバカにされた。
しかし、冷やかな視線とは裏腹に、その表情は幾分か心配の色が薄くなっていた。
あとひと押しか…
『仕方ない…それじゃあ今日はこのまま雪音をお持ち帰りします。』
なんて冗談を全力で言い切れば、真面目な彼は素直に言葉を受け取ったようで…
みるみる顔は赤く色付き、開いた口は無意味にパクパクと動いた。
そんな初々しい反応に、くすりと笑みを浮かべ、その柔らかな髪に触れた。
くしゃりとクセのある髪を一度かき混ぜれば、どうやら耳まで赤くなっていたらしい。
『じゃあ、またね。』
振り返る事なく、そのまま駆け出した。
手を離した瞬間、何か言いたげな雪音と目が合った気がするが…
まぁ、文句なら後で聞けばいいだろう。