紅舞ウ地
□臆病者
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「ぎゃはは!おい見てみろ!コイツ泣いてるぜ?!」
涙が流れた。怖いとか死ぬかもしれないとかそういう気持ちもある。でもこの涙はそうではなかった。地面に伏せたまま、なんともみっともない姿だ。
チラリと、視界の隅に地面に刺さったままになっているハーデスが入った。これを取れば立ち向かうことは出来る。しかし、それ以上自分に何が出来る……。
男はアリアの髪を鷲づかんだ。
「もう一度聞く。仲間を殺せばどうなるって──?!」
男が拳を振り上げた。ヒュッと風を切る音。
殴られる……。
──思いきや、拳はすっと額自分の手前で止められた。
アリアは目を見開き、寸前で止まった男の大きな拳に焦点を当てた。殴られなかった。よかったと……安心した。
「殴らねェよ……なぁんてな──」
──ビシッ
「ッツ!!」
一瞬の衝撃と頭を割るような痛みだった。激しい音と共に、額に激痛がはしった。男が自分の額にデコピンしたのだ。それは並の力ではない。そしてこの状況を男たちは……いや、海賊たちは楽しんでいた。衝撃でアリアでの身体は激しく仰け反ったが、男に掴まれたままの腕で自由はきかず宙ずり状態になった。
「この女、何回耐えれるか賭けようぜ?」
「俺は次でアウトだな!」
「本気でいっちまえ!」
脳が揺れて頭がガンガンする。男たちのやり取りが、どこか遠くからの話し声のように聞こえた。再び視界が拳の影で覆われる。またさっきの痛みがくるのかと思うと、全身に寒気が走った。血でも流れているのだろうか。額から鼻筋にかけてツーっと冷たい何かが流れた。持ち上げられた腕以外は、だらんと重力に従って地面を拝んでいる。
また……痛みがくる……。
アリアは目を綴じた。
弱い者は強者に逆らうことなどできやしない。
「お前はどうしたいんだ?」
男たちの笑い声の中に割って。誰かに問いかける声。それは紛れもないエースの声だ。視線だけで見上げると、霞む視界の中に自分の腕を掴んでいた男の腕を掴むエースがいた。怒っても笑ってもいない無表情。必死に抵抗しようと力を入れているはずの男の腕はピクリとも動かない。男だけが顔を強ばらせてエースを見ていた。心の底から溢れてきたものが弾けて、エースの顔を見た瞬間さらに涙が溢れた。
どうにかしたい──……どうにか……。
そう思った望みを叶えるかのように、エースは言った。
「今回だけは、俺にこの場預けてもらえるか?」
アリアは目を大きく見開いた。ポロリと大粒の涙が流れ落ち、小さく小さく頷いた。