紅舞ウ地

□約束の証をあなたに
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まだ廊下を歩く人の足音も少ない頃。夢と現実の境をさ迷っていたマルコだが、ドア越しでも何となく分かるその人の気配に目は覚めた。思った通り、少し間を置いて控えめにノックがかかった。

「私……。」

「入れよい。」

「失礼します……。」

妙に改まってドアを潜るアリアに、マルコは欠伸をひとつ落とすとベッドの縁に腰掛けた。大方、頼み事か何かだろう。

「ごめん。起こしちゃった?」

「構わねェ。それより何か用事だろい?」

電気の灯りもない薄暗い室内。そこには小さな窓がひとつある。申し訳なさそうに謝るアリアの横顔を、夜明け前の薄い月の光がぼんやりと照らした。

「大したことじゃないんだけど、これ預かってもらえないかな?」

徐に差し出されたそれを、マルコは眠い目を擦りながら凝視した。それは無造作に破られた一枚の紙切れだ。

「ビブルカードか?」

「うん。ちょっと出かけるから念のためにと思って。」

「どこ行くつもりだよい?」

「んー……ちょっとした探し物。あっ、でも一人で平気だよ。ここからだとわりと近くだし、夕方までには帰るから。」

余計な心配をかけさせない為だろう。手をヒラヒラとさせて愛想笑いを振り撒くアリアにマルコは顔を顰めた。
ここら一帯の海域は白ひげの縄張りだ。他所の海賊に出くわすという意味ではそれほど心配はないが、気がかりなのはそんなことではない。返事のない自分を伺って、上目遣いになるアリアのその目元に視線をやった。

「アリアお前、寝てねェだろ?まさかそれで海へ出るつもりじゃねェよなァ?」

「へ……?」

指摘され、慌てて目の下の隈を手で隠すアリアにマルコは思わず苦笑った。

「はは。気づいてなかったのか。探し物ってのは今日じゃなきゃいけねェのか?」

同じように苦笑いを浮かべていたアリアだったが、投げかけた問いに表情がぱっと変わった。その視線が向いたのは窓の外だ。

「今日は気候が安定してるけど、また数日は海が荒れそうだから……どうしても早く行きたくて。」

そう言うアリアに太陽のような笑みが零れた。自由であるこの船のルールに端から引き止める理由などどこにも無いが、その笑顔に否定で返すことなんて出来ない自分がいる。

「なるほどな。そこまで言うなら心配は無さそうだが……オヤジにはちゃんと言ってけよい。」

言うと、アリアからうんと明るい返事が返ってきた。確認して再び布団に入ろうとしたマルコだったが、またアリアに呼び止められた。

「あっ、ねえ、マルコ。」

「ん?」

「エースは白ひげ海賊団に入ると思う?」

それは突拍子もない質問だった。振り返れば、どこか急かしく返事を待っているアリアがいた。その顔を見れば、その心の内は容易に分かる。隠し切れず滲み出た笑みは、質問に対する良い返事を期待したからだろう。

「さあなァ。本人にその気はねェみたいだけどなァ。そんなにアイツの入団が楽しみかい?」

「私、グランドラインの海しか知らないし、色んな海の話聞けるかなぁって。」

「そういやァ、エースは東の海の出身だったなァ。」

いつか、エースの載った新聞の記事を見ていたオヤジがそんなことを呟いていたように思う。思い返していれば弾んだアリアの声が聞こえてきた。

「それに、歳の近いクルーも初めてだし。」

言われてみればそうだ。
この船には、アリアと同じ年頃のクルーはいない。アリアがまだ幼かった頃は、大の大人の中に子供一人ではと、それなりに不憫に思うところがあった。アリアがそれについて不満を口にしたことはないが、少しでも目線を合わそうと、自分たちなりに努力していたことが懐かしい。
今までになかった環境、同じように歳の近い入団者に自然と憧れを抱いていたのだろう。嬉しそうに語るアリアにマルコも口元を緩ませた。

「あっ、そうだ。エース外で寝たままだから、また起こしてあげてね。」

付け加えると、アリアは揚々と部屋を出ていった。マルコはぐしゃぐしゃと、髪をかき揚げた。

アリアが何を考えているのか、少し分かったような気がしたのは、何となく、だ。
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