紅舞ウ地

□約束の証をあなたに
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廊下から聞こえた話し声。誰かと思えば、医務室に入ってきたエースにアリアは驚いた。その顰め面には思わず笑ってしまったが、まさかここへ来るなんて思っていなかったから、その姿が見えた瞬間内心ドキりとした。
自分の様子を伺いにきてくれたのだろうか。アリアは淡く愚かな期待を募らせた……。
エースは部屋にあった椅子をベッドの横へ引っ張ってくると、それに腰掛けて徐ろに口を開いた。

「……礼を言いに来ただけだ。」

アリアはぱちくりと目を瞬かす。エースはどこか落ち着きなく床を蹴っては椅子の脚を浮かせて遊ばせていた。

「礼……?」

「一晩中、おれの看病をしてくれてたって他の奴から聞いた。それにこの帽子も……。」

「わざわざそれを言いにきてくれたの?」

「勘違いしねェでくれ。他人に借りを作るのは後免なんだ。」

カタンカタンと椅子が床を打つ音が部屋に響いた。エースは被っていた帽子をぐしゃっと手で潰すと、気まずそうに目元を伏せた。予想もしていなかったその言葉にアリアの期待は一気に膨らんだ。

「”借り”かぁ……でもそれって、エースにとって意味があったからそう思ってくれたってことだよね?」

途端に直ぐにエースの口がへの字に曲がり、帽子の中から何か言いたそうな目が見た。

「……言っとくが、誰も仲間なんて認めた覚えはねェ。借りは借りだ。妙な期待はしねェでくれ。」

「ふふ、わかってるよ。……でも期待ってゆうのはちょっと違うかな。」

「じゃあなんだよ……?」

アリアはすっと息を切って窓の外を見た。そんなアリアの横顔をエース複雑な表情で見つめていた。形のいいアリアの唇が薄く笑う。

それがエースにしては借しだとしても、ただ単純に……

「少しでもエースの役にたてた、そう思えただけで嬉しかっただけ。」

そう言って振り向いたアリアがエースに笑いかけた次の瞬間だった。同時に床を蹴ったエースの脚がふわりと浮いた。表情を固めたままバランスを崩したエースの体は後ろへ倒れていく。アリアは咄嗟に身を乗り出しその腕を掴んだ。が、しかし。大の成人男性の体重が支えられるわけもなく、引っ張られたアリアの体も一緒にベッドから投げ出された。

「きゃッ!」



──ドガン、ドスン


全ては一瞬のことだった。室内に響いた大きな物音はもちろん自分の耳にも飛び込んできた。バクバクと、煩く鳴った心臓の音は二人分だ。
人肌の感覚と、僅かに香る潮水の香り。ゆっくりと目を開けて自分はようやくその事実に気がついた。同時に酷く驚いたその人の顔が真近に見えた。
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