紅舞ウ地

□小さな期待
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月にかかっていた雲が流れ、まるでそこにいる人を示すかのように、月の光に照らされた綺麗な黒髪は青光り、影ははっきりと人の姿になった。
船の船首部分。そこに座り、その人は海の方を向いていた。アリアは小さく息を整えると、静かに近づき隣に腰を下ろした。

「さっきは驚かせてごめん。自己紹介まだだったね。私アリアっていうのよろしく。」

火拳はチラッと視線を落としただけで黙ったままだが、そこに拒絶はない。たとえ相槌のひとつなくても、アリアは思いつくことは何でも喋った。

「誰か船内案内してくれた?この船無駄に広いから迷うでしょ。あ、それに酷く痛むところあったら言ってね。ちゃんとした船医もいるから。」

これはさっきも言ったかと、苦笑いながら話していると、無言を貫いていた火拳が徐に口を開いた。

「お前、ここのクルーなのか?昼間この船降りってったろ。」

「えっ?」

思わず間抜けな声が出た。適当にあしらわれるかもしれない。そう思っていただけに、予想もしてない言葉が返ってきて驚いた。それでも話してくれた、ただそれだけが嬉しくて気を良くしたアリアの声は弾んだ。

「もちろん!私も白ひげ海賊団だよ!」

笑顔で答えれば、ふーんと短いながらに相槌が返ってきたから、納得はしてくれたのだろう。

「"女は戦場に入れない"ってゆう白ひげのポリシーでね、この本船とは別船に自分の部屋があるんだ。それでね……」

更に続けるアリアに、話の途中で不意に火拳の表情が険しくなった。というより、何を言っても元々表情のなかった顔に更に皺が刻まれたのだ。次に火拳が発した言葉に思わず息を呑んだ。

「なんで白ひげの船の人間が敵の俺に"立ち上がるな"なんて言ったんだよ。」

はっとした顔で火拳は口篭る。思っていたことが口に出てしまったのか。あまりに無防備なその表情に自分の肩からも力が抜けた。唇をぎゅっと噛み締めて、煮えきらないようなそんな表情のまま火拳は自分から視線をずらした。

そんな顔もするんだ……。

正直驚いた。

「じゃあ、私が答えたらあなたも私の質問に答えてくれる?」

「俺に質問……?フザケンな。」

皮肉にも鼻で笑い飛ばされた。何言ってんだコイツと、言葉にしなくてもそう顔に書いてある。それでも退かず、アリアはズイっと火拳の前に身を乗り出した。

「ふざけてないよ。ただ知りたいだけ。知らなきゃ何もわかんないじゃん。」

「なっ……。」

流石の火拳も一歩後ずさる。明後日の方向に顔だけ反らす火拳をアリアは真っ直ぐ見つめた。
頭の中の時計の秒針がカチカチと時間を刻む。そんな空気に耐えられなくなったのか、暫くしてはぁと小さな諦めの溜息が聞こえた。
負けたと言わんばかりにポリポリと頭を掻きながら火拳から出たのは「質問による」の一言だった。
それは本意でないものかもしれない。歯切れは悪いが、アリアはそれでもいいと納得して笑った。

「先が見たかっただけなんだけどね。」

ポツリとそう切り出すアリアに火拳は静かに耳を傾けた。

「先……?」

「そう。先……。」

「だから何だよ、先って。これと、おれの質問なんも関係ねェだろ。」

「んー、それは次。私が質問してから。あなたはどうして白ひげの首を狙うの?」

「はぁっ!?」

冷ややかに向けられた視線にアリアは悪戯そうに笑った。
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