紅舞ウ地

□小さな期待
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シン──……。


木屑が視界の中をパラパラと舞っていた。同時に自分たちの目の前を勢いよく横切った”何か”。急な出来事に驚きを通り越しアリアは固まっていた。
何故か物音一つ立ててはいけない気がして、視線だけを右から左へと流す。ゆっくりと息も吐かず慎重に……。

壊れたキャビンの壁、そこから真っ直ぐに残骸を辿っていけば、無惨な姿で防波壁にもたれ掛かる火拳の姿があった。火拳はこちらには目もくれず、瞳孔が開きそうなくらい目を大きく開き、その壊れた壁の中を凝視していた。
そんな火拳に違和感を覚えるのは早かった。何が起きたのか把握する間もなく、アリアは血相を変えて火拳に駆け寄った。その顔や手足、元々酷かった傷に更に傷を重ねていたからだ。

「大丈夫?鼻から血が出てる……。」

そっと傷に手を伸ばそうとしたところで、ようやく火拳の顔が自分へと向いた。更に驚きを増したその様子から、どうやら自分たちの存在には今気づいたらしい。
何にせよ、とりあえずきちんとした手当てをした方がいいだろう。ただ純粋にそう思っただけなのだが、直ぐにその眉間に皺は寄り、火拳は自分を鋭く睨んできた。
ビクリと肩が跳ねてアリアの手は止まる。少しの入る隙さえ与えられず突き放された気持ちだった……。

「あの、そんなに警戒しないで。手当てするだけだから。」

やんわりと言ったものの、正直返ってくる反応が怖くて内心ドキドキしていた。

「くっ……そッ」

困ったように笑えば、火拳はどこかバツが悪そうに駆け出して行ってしまった。待ってと、背中に掛けた声にも足を止めてはくれず、ポツリと取り残されたアリアは魂が抜けたように立ちすくんだ。
相当嫌われてるのかもしれない。思うと、ズキリと心が傷んだ。

「おーい、大丈夫かアリア。」

ヒラヒラと目の前で手を振るクルーも目に入らなかった。

大丈夫。このくらい少しもショックではない。言い聞かせるように、ふと壊れてしまった壁から覗く部屋を見た。

「あっ……」

気持ちよさそうな鼻提灯を作り、何事もなかったかのようにベッドに横になるその人。その規則正しい寝息は外まで聞こえてくる。その部屋は紛れもない白ひげの船長室だった。
深く溜息を吐いて、火拳の向った方へ足を向ようとすると、クルーに背中を呼び止められた。

「アリア、追うのはいいがあいつは相当のじゃじゃ馬だ。」

「あの人、そんなに悪い人じゃないと思う……たぶん。無視はされなかったし。」

無視と言っても返された返事は相づち程度。だけどちゃんと反応はしてくれたし、少なくとも自分に敵意を向けられた覚えは……ない。

「細かいこと気にしてちゃ、相手に嫌がられちゃうしね。」

いつもとなんら代わり映えも無く陽気に笑い、今度こそアリアは足を進めた。

大丈夫……。

人の本心なんて表面だけで分かるものではない。知ろうとしなければ、きっと知ることすらできずに終わってしまう。そう思うから。

「相手は火拳だぜ。普通はビビるだろ。」

「そんな隔てがないから好きなんだけどよ。へへっ。」

「女だけど下手すりゃ俺らより海賊に向いてるな。」

「だな。それよりアリアの担いでたあのデケェ袋はなんだ?」

「さぁ……宝じゃねェか?」

そんなクルーたちの会話がアリアに届くこともなく、乾いた夜の海に溶けた。
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