波紋の刻

□色変わりの刀
4ページ/5ページ


「た、助けてくれ……。」

夜も更ける頃。周囲を畑が囲む雑木林の中にか細い老人の声が轟いた。

新しい刀も仕上がったということもあり、数日後には直ぐに次の任務の指令が入った。他の隊士らと連れ立って任務へと出ることもあるのだが、この時は皆別の任務で各地へ出向いていたこともあり朔夜はひとりで現地へ向かうこととなった。そこで他の隊士らと合流する手筈であったのだが、朔夜はその道中で人の悲鳴を聞いた。雨の音の中に紛れ込んだ人の声。
雨も強まり視界は悪い。声のする方へと足を向けると暗闇の中で男の老人が畑の畦に腰をついていた。初めは足でも滑らせたのかと思ったが手で雨を避けよく目を凝らして見てみると、その視線の先には今にも老人に襲いかからんとする鬼がいた。
朔夜は一瞬背筋が寒くなり顔が強ばった。しかし今は他の隊士もいない。どうにかできるのは自分だけだと言い聞かせると、朔夜は刀を抜き水を跳ねながら全力で老人の元へと走った。雨の音がなければこの心臓の音が周囲に漏れ出そうなほどだ。

こんな夜更けに外を出歩く者もいないだろうが大方この雨のために畑の様子でも見に来たのであろう。不運かはたまた朔夜が通りかかったことは幸運なのか。間一髪、朔夜の刃が届き鬼の爪から老人を守ることができた。朔夜は右手に日輪刀を左手は老人を庇うように覆い腰を低く落とした。

鬼を斬った……。

朔夜が鬼に対しまともに太刀を入れ人を守ることができたのはこれが初めてであった。これまでこの時の為に過酷な鍛錬を積んできた。もちろん自身がそうしたかったはずである。本来ならば自分でも人を守ることが出来たと少しでも己を褒めてやるところだろう。しかし極度の緊張が先立ってか、何故か朔夜には何の達成感も実感も湧いてはこなかった。こんなものなのかとそれが朔夜にとって衝撃だった。
鬼を斬れば少しでも自分の中の据から解放されるとそう思っていたのに。鬼を前にした恐怖以外は驚く程平静であることに己自身が一番違和感を感じていた。

いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

「怪我はございませんか?」

朔夜は困惑しながらも鬼から視線を逸らすことなく老人に言った。老人は朔夜に焦点を合わせると頭を数回縦に振った。

「……あれは一体何なんだ……。人ではないのか……?」

「……あれは"鬼"と言い、人で在らざる者です。今のうちに身を隠してください。」

「鬼だと……?しかし、お前さんは……」

朔夜は気持ちを打ち払い大きく呼吸を整えた。

「私はあの鬼を倒します。鬼はこの刀、日輪刀でしか消滅させることは出来ません。」

老人は大きく目を見開いた。朔夜の強い言葉に老人は言われた通りに距離を取った。老人が後ろへ下がったのを確認し朔夜は両手で日輪刀を構えた。

「痛え……痛え痛え!!鬼殺隊……よくも……!」

割れた手先を再生し鬼は目を血走らせ朔夜を睨みつけた。相手が下級の鬼というのは気配で分かる。周囲に人もおらず鬼だけに集中することが出来る。どこまで自分の剣が通用するか朔夜はゴクりと唾を飲んだ。

「あーん……何だお前、震えてるじゃねぇか。ただの腰抜けか?」

ペロリと舌舐めずりをし鬼は不敵な笑みを零した。鬼に言われ朔夜の表情は濁る。鬼が朔夜の心の内を悟るが朔夜は構うことなく奥歯を噛み締めた。何とでも言えばいい。


──水の呼吸、壱ノ型

水面斬り──。


朔夜は力強く地面を跳躍し水平に刀を振るった。降り続く雨で泥濘んだ足元。朔夜は感覚でそれを采配した。身体の軸は綺麗な線を保ち理想の水の呼吸の型を描いた。
同時に鬼にその刃が届くより早く、鬼は血鬼術によって腕から出した無数の刃を朔夜に放った。鬼がその攻撃体勢に入る前にいち早く気づいた朔夜。本来ならば朔夜程度の力ではそのまま突っ込めば八つ裂きにされているところだが、朔夜はぐるんと身体を反転させて勢いを殺し流れる型の中でその動きを変えた。壱の型から参の型へ。


水の呼吸、参の型。

流流舞い──。


「無理矢理型を変えたな!馬鹿が、無理だ!攻撃を避け切れたとしても、その反動で刀を振るうことまで及ぶま……い……」

ザクりと、言いかけた鬼の顔面に亀裂が入った。鬼は絶叫しながら顔をその手で覆う。困惑する鬼の首元に朔夜の日輪刀が突き付けられた。

「無理ではない。現にお前は私の刃を受けている。」

「くっ……血鬼……グワアァ!」

朔夜は鬼が腕から刃を出す前にその腕を斬り落とした。

「その血鬼術は少々厄介ね。」

「クソが……ククッ……フフッ……」

「……腕を斬られて何が可笑しいの?」

背筋がゾワりとして朔夜は地面を後ろに蹴った。すると斬り落としたはずの鬼の腕から刃が飛び出し朔夜の身体を切り掠めた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ