波紋の刻
□季節が巡って
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まだ冬の名残りの残る寒夜だった。ちらちらと舞う雪に露出した鼻や耳、手先に痛みを感じた。
東の空に日が昇る。この戦いがなければ降り積もった雪に朝日の光が反射して幻想的だと、素直にそう感じるだろう。日の元で徐々に露になる荒野。そこに広がる血の海は自分たちに現実を突き付けた。佇む朔夜の隣で自分もまた悲惨なまでの戦いの跡を目の当たりにした。
生き残ったのは自分と朔夜のみ。手を尽くせる限りは尽くしたが、腕の中で何人もの命が消えていった。他の隊の生存者もいなかった。誰も生き残らなかった。
久々に長く感じた夜だった。
それでも自分は感情に流されることなくこの現状をただ毅然と受け止めた。その方が、考えない方が心が楽だから。しかし朔夜はどうだろう。生前よく話しているところを見かけた隊士もまた赤にまみれたその中にいた。
「大丈夫です。割り切りってますから。」
自分が何かを聞いたわけではない。それでも朔夜は何かを察したかのようにポツリと呟いた。まるでそれは義勇にではなく自分自身に言い聞かせるように。その横顔は静かに荒野に伏せる仲間たちを見つめていた。
「この者たちには力が無かった。それだけのことだ。弱者には自分の命の主導権すら握ることが出来ない。」
慰めのつもりであった。望んで鬼殺隊士となり望んで戦いへ赴いた。その誰もが自らが覚悟の上だ。他人を責める権利などない。だからこの場にいる誰かのせいではない、そう言いたかった。柱の到着を待たずしてここまで戦い切ったことだけでも称賛に値することだろう。
「望んで鬼殺隊に入ったのならば、他の誰にもその死をとやかく言われる筋合いはないでしょうね。」
義勇は驚いて朔夜を見た。仲間の死を悔いていたのではなかったのだろうか。彼女からそんな言葉が出るとは思わなかった。先程まで震えながら戦っていた人物とは思えないほど彼女は取り澄ました顔をしていた。朔夜は胸の前で両手を合わせ、そっと瞳を綴じ黙祷した。しかしやはり言葉とは裏腹にその声がどこか悲しみを帯びていたことに義勇は気づいていた。
「…………。」
義勇は何気に朔夜の容姿に視線を巡らせた。着ていた羽織も隊服もボロボロだった。傷は多くそれでもこの一晩の激戦で致命傷になるような大きな傷は見受けられなかった。仲間を守りながら戦っていたのにだ。
朔夜の戦い方には頷けない部分もあったが、傍で一緒に戦ってわかったこともあった。荒いと思っていた型は相手の動きに合わせ瞬時にその型を変えるから。型を繰り出す直前までその場の状況を把握しているから。どんな間合い体制からでも常にその時望む型を出すことに傾注しているから。その型本来の力は劣るどころか十分な力を持っていたこともまた事実だった。
その戦い方のせいで鬼を倒すことに飛び抜けた剣技があるかと言われればそうではない。しかしそれができるのも、ある意味それに富んだ技術があるからこなせる技だ。どの師に教わったかは知らないが……他の者が同じようにとはいかないだろう。
鬼との戦いの差中で分かりにくくはあるが、まぐれで生き残ってきたのだとこれまでそう思っていた義勇の思いは覆えされた。