波紋の刻

□任務
2ページ/4ページ



「二手に分かれて情報を得よう。サクは西を当たってくれ。何かあればすぐに鴉を飛ばせ。」

「分かった。義勇も気をつけて。」

朔夜は頷く。雑踏に消える義勇を見送り朔夜は街の西部へと足を運んだ。情報収集と一言に言ってもそれは一筋縄ではいかなかった。幾分相手にする人の数が多すぎる。村里とは違い様々な情報が交錯しどれが今回の任務の核心に触れるものか判別が難しい状況である。

聞き込みを進める中で朔夜は建物の角に佇む一人の女性に目を留めた。ぼーっと虚ろな目をして女性はどこか遠くを見つめていた。声をかけようと近寄って朔夜はその女性の不自然さに気がついた。それは女性の身なりだ。朔夜は遠目にその女性が背中に赤子をおぶっていると思っていた。何故ならおぶ紐を身に付けていたからだ。しかし背中におぶられていたのは赤子程の大きさに巻かれたお包みの布であった。その女性の腕にも赤ん坊の姿はない。朔夜に気づいた女性は視線をこちらに向けた。

「赤子もいないのに……貴女も私を頭の可笑しな人間だと思うでしょう?」

少し瞳が茶色がかった透き通るような綺麗な女性だった。女性は朔夜と目が合うと喜怒哀楽、どの表情も浮かべずに一筋涙を流した。けれど朔夜にはそれが悲しみや苦しみの涙であると悟った。朔夜は優しく表情を崩す。

「いいえ。私は貴女の事をそのように思いは致しません。差し支えがなければ……どうされたのか、教えてはいただけませんか?」

朔夜の言葉に女性は大きく目を見開いた。道行く人が好奇の眼を向ける中、人目もくれず溢れんばかりの涙を流し女性は泣き崩れた。朔夜は日輪刀を壁に立て掛け女性が落ち着くようにその肩を摩った。

「私は貴女の役に立てるかもしれません。」

そう優しく話し掛けると女性の動きが止まった。大きく動揺した後女性は縋るような目で朔夜を見た。

「本当……ですか……?……本当ですか?!」

女性の声に力が入る。朔夜は強く頷いた。

「っ……警察も、家族でさえも誰も取り合ってくれなかった……。……私の子が消えたのは昨日の事です……」

そう言って女性は声を絞り出すように話し出した。女性の話によれば昨夜の明け方、赤子が泣き出したのでそれをあやそうと女性は赤子を外へと連れ出した。その時赤子はおぶ紐で背中におぶられていたが、突然後ろから何か強い力に引っ張られる感覚がして女性は後ろに腰をつくように倒れ込んだという。そのせいで犯人のその顔は愚か後ろ姿さえ捉えることは出来なかった。気付いた頃にはその背中に赤子は既にいなかったのだ。

赤子が忽然と消えたなどとそれを話しても誰にも信用してもらえず、育児に疲れ果てた女性が気を狂わせて赤子を川に投げ入れたのではと周囲から責め立てられたようだ。朔夜は静かにその話を聞いていた。

「っ、すみません……見ず知らずの娘さんにこんな話。」

「……いいえ、これは私の仕事でもあります。それに、少しでも貴女の手助けをしたいのです。」

朔夜がそう言うと女性は赤らんだ目元で薄く笑った。

「そう言ってもらえるだけで……十分気持ちは晴れました。」

「……私はっ……」

「ふふっ……貴女ってば聞き上手ね。でも、こんな私の話を聞いてくれてありがとう。」

「…………。」

もう何もどうにもならないと心のどこかで諦め割り切っている女性に朔夜は何も返せなかった。おぶ紐を外し朔夜に礼を述べると女性はその場を後にした。

母というものは皆"こう"であるのだろうか。苦しそうにそれでも笑うそのその小さな背中を朔夜は見つめた。不条理な悲しみに苦しんでいる姿を見ているのは辛い。

「……カラス……」

近くの並木に身を落ち着けていた鴉。朔夜が合図を送れば鴉は空へと羽ばたいた。朔夜は義勇と合流すべく街の東へ向いて歩き出した。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ