波紋の刻

□風柱・二
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──柱合会議での一件……。

そんな事もあったなと朔夜は過去を振り返りながらとある場所へと足を運んでいた。腰には自分のものではない薄青色の日輪刀を帯刀して。
鬼殺隊本部から比較的近場ではあるが、鬼殺隊の人間にはあまり知られていない場所ではあると思う。というよりは、神頼みなどを必要とするのが鬼殺隊のその仕事ではない。鬼殺隊は己の実力が全てのものだ。だからとは言い難いが、それでも朔夜がそこを訪れる際に鬼殺隊の人間と出会したことはなかった。

草木が生い茂る山林の中、獣道を抜けた場所に目的の場所はある。山の高台に位置するその場所は天気が良ければ見晴らしもよく、遠くの繁華街まで見渡せた。夜になればその灯りが蛍の光のように見えて綺麗だったりもする。

はあはあと軽く息を切らし、朔夜はその入口に構え立つ鳥居を潜った。いつもならば賽銭箱に小銭を投げて鈴を鳴らせばすぐに山を下るのだが、朔夜はいつもと違う神社の風景に鳥居を潜ったところで足を止めた。一瞬引き返そうかとも思った。
驚いた、それもそうではあるが自分が邪魔をしてはいけない気がした。朔夜の目に止まったのは向拝部分に腰を下ろしていた意外な人物の姿であった。朔夜もまた普段稀に見ぬ彼の放つ穏やかな雰囲気に、一時神社への参りに来たことを忘れ見蕩れていた。

「何、ぼーっと突っ立ってやがるゥ?」

朔夜ははっとする。意外にも先に言葉を発したのはその人だった。今度は臆することなく朔夜はちゃんとその目を見た。実弥は座ったまま朔夜を見上げたが、そこに朔夜を拒絶する様子は見受けられなかった。それを確認して朔夜は神社の拝殿にゆっくりと歩いてゆく。

「昨夜ぶりでございますね。任務帰りに此処へ立ち寄られたのですか?ご無事で何よりでございます。」

「……昨日といいお前は俺のことを馬鹿にしてんのかァ?」

頭を下げる朔夜に実弥は眉間に皺を寄せ不満を零す。朔夜はきょとんとして実弥を見た。"馬鹿にする"実弥の言う意味が朔夜には分からなかったのだ。
実弥もまた朔夜が自身のことを良く思ってはいないと解釈していたのだろうか。だから朔夜の発言が皮肉の言葉にでも聞こえたのだろう。

確かに鬼を庇い立てした件では実弥に楯突く形にはなってしまったが、微塵も馬鹿になど思ったことはない。寧ろ例外に鬼を庇うことをしない実弥たちが正論を示していると思うくらいだ。だからこそ自身の意思を伝えるには、それなりに身を切る覚悟で臨まねば耳を傾けてくれることすら叶わないそう思っての行動であった。昨日も昨日で実弥に対し少し思い違いをしていただけだ。

「何故私が不死川様を馬鹿にしましょうか?私が非難されるのならば分かります。ただ私は感じたことを伝えているだけでございます。」

鼻で笑う実弥。仕方はないが到底納得はしていない様子だ。これだけ人の想いや考えが複雑に絡み合う環境にいれば一度生まれた誤解を解くことは容易ではない。そんな実弥を横目に朔夜は賽銭箱の方へ視線をやった。

「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

特段の返事も否定の言葉もなかったので朔夜は向拝の階段を登り、懐に忍ばせていた小銭を手に取って賽銭箱へと投げ入れた。自分の腕の倍以上はある太い縄を引くと頭上の鈴が鳴った。カランカランと響く鈴の音に、朔夜が手を合わせている間実弥もまた静かに黙っていた。朔夜が参り終えたのを見計らったかのように実弥が言う。

「神頼みよりテメェの力をつける方が懸命なんじゃねぇのかいィ?」

「そうですね……私はそうかもしれません。でも願い事というものは自分の為だけにするものとは限りません。」

「はッ。誰かのために祈ってるとでも言うのかァ?」

「不死川様もその為に此処へいらしたのではないのですか?これは私の勝手な想像ですが……不死川様がご自分のために祈りごとをするとは私には到底思えません。」

「…………。」

図星であったのか。フンッと小さく息を切ったきり実弥は朔夜から視線をずらして黙り込んだ。朔夜はただ"そうであるならば"の話をしただけなのだが。分かりやすい反応に朔夜は薄く笑った。実弥が神に頼むほどのことが何なのか朔夜には少々気になったが聞くことはしないでおいた。きっと聞いても答えてはくれないだろう。

ふと朔夜は何気に実弥の腕の部分に視線をやり見間違いかと凝視した。本人が平然としているので気づかなかったが、実弥はその腕に怪我を負っていた。朔夜の視線に気づいたのか、実弥もこれから朔夜が言わんとすることを予想してだろう。朔夜が近寄るより先にあからさまな嫌顔をした。

「近寄るんじゃねェ。」

「怪我をされているではありませんか。処置を受けられなかったのですか?」

「必要ねェ。つか、オイ。何してやがる……」

朔夜は実弥の腕を取り傷の状態を確認していた。大抵隠の者が事後処理に足を運ぶはずである。隊士、言えば柱である人間の怪我を見逃すはずはないのだが、実弥の性格からそれを断ったのだろう。柱である実弥が怪我を負っているだけあってその傷はそう浅くはない。血は止まってはいるようだがいつ傷口が開いてもおかしくないほどの切り傷だった。

「私が言っているのは傷の深さだけではございません。細菌のせいでそこから破傷風にもなりかねません。そうなれば刀を握ることも困難になられます。」

朔夜は近くに手水舎を見つけると、そこに溜まっていた水を掌に掬い躊躇いなく一口口に含んだ。水が浄水であると確認すると傍にあった竹灼にその水を汲んできてそっと実弥の腕にかけた。朔夜の処置は手際がよかった。

「……痛みませんか?」

そう聞いたが、実弥は手当てする朔夜の要領の良さに感心してその手元を無言で見ていた。本当に普段その手で刀を振るっている鬼殺隊の隊士かと思わせるほど医療班の者にも見劣りしない。朔夜は傷口を流し布で軽く拭い終えると懐から傷薬を取り出しそれを適量その指に取った。それを傷口に乗せたところで反応のなかった実弥の口がようやく開いた。

「痛──ゥッ!」
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