波紋の刻
□風柱
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義勇や他の柱、それに炭治郎も既にそこに居るのだろう。思う悪いことが起こらなければいい……。だけどどこまでそれを信じれば良いのか分からない状況だった。朔夜はその場に留まり、建物の隅で壁に背中を預け蹲るように待っていた。全てが終われば必ずここを通るだろうから。
「事情は知らねえが、頼むから冷や冷やさせないでくれ。柱相手に何言ったって無意味なんだよ。」
先程朔夜を捉えていた隠の男性隊員が嘆くように呟いた。同じように隊員は壁に背を預けて溜息を零した。
朔夜はその隊員を知っていた。時々任務後の後処理時に顔を合わせていたからだ。先は事態を悪化させない為にあえて朔夜を押さえ込んだのであろう。それも分かりもう頭は充分に冷えていた。
「……申し訳ないことを致しました。心配せずとも私は大人しくここにいます。先程、他の隠の方が数名庭園の方へと行かれていましたが、貴方は行かなくともよいのですか?」
「ああ、俺は胡蝶様に指示が出るまで"箱"の監視をと頼まれてるんだ。他にも数名が箱の周囲で待機している。」
「箱……?」
「隊士が連れてたっていう鬼が入ってる箱だよ。……あ、これ内緒だぜ?!」
しーっと顔の前で人差し指を立てながら周囲をキョロキョロと見渡す隊員。それを聞いて朔夜が顔を上げた、その時だった。
「お辞め下さいませ!」
その大声にビクリと朔夜は反応した。しかしそれは園庭の方からではなく屋敷内へと通じる通路の方から聞こえてきた。何事かと隊員と共に声のする方へと視線を向ければ、奥から木箱を片手に担ぎ上げた実弥が姿を現した。先程の声はそれに困惑する隊員のものであった。
実弥を制止させようと隊員らはその後ろを着いて歩くが、それだけだ。柱である実弥に本気で止めにかかれる者などいないといった状況だろうか。隊員の必死の説得にも耳をくれず、遂に実弥は庭園へと続く通路まで足を踏み入れた。朔夜は静かに立ち上がり実弥の前に立ちはだかった。
「お待ちください不死川様。その木箱、胡蝶様から監視を預かったものではありませんか?どうか箱をお返しくださいませ。」
「隊士様!」と、縋る視線を向ける者もいれば、隣にいた男性隊員は「おい、速攻言うなよ」と小声で顔色悪く朔夜を恨めしそうに見ていた。
「あァン?誰だテメェ。お返ししてどうするんだよ、オイィ。」
「不死川様こそ、それをどうされるおつもりですか?」
「テメェ、俺に指図するつもりかァ?そりゃこの箱の中身を知ってて言ってんのかァ?」
実弥の額に青筋が浮かび上がる。他の隊員はたじろき実弥から一定の距離をとった。これ程にないほどに実弥からは淀んだ怒りの空気を感じた。その威圧だけで圧倒されそうだ。朔夜はじんわりと湿る掌をぎゅっと握りしめた。
「存じております。それを承知でお願いを……。」
言うと男性隊員はついに隣で白目をむいて家屋に棒立ったまま突っ込んだ。
「面白れェ。この世界は摂るか摂られるかだ。そんなに返して欲しけりゃ、力ずくで奪い返してみろォ!」
正気なのだろうかと朔夜は一瞬怯んだが、それでも一歩もその場を動くことはしなかった。
だって、その箱には"数名の人の命"が賭けられている。それを知らない実弥に朔夜も引くことなんてできなかった。