波紋の刻

□風柱
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夜明けを迎えまだ間もない時間にも関わらず、本部内の異様なざわめきは門を潜る前から察知した。多数の隊員が本部敷地内へと足を運ぶ姿を確認し、その中に鮮やかな羽織りを見つけ朔夜はその裾を引いた。

「胡蝶様……っ!」

「ん……貴女は……」

振り向いたしのぶは驚きを隠せない様子だった。しかしその手はすぐに誰かに払われた。しのぶと朔夜の前には隠である隊員が立ち塞がった。

「柱に対してなんという無礼!」

「かまいません。通してください。」

「しかし……胡蝶様……」

「私がかまわないと言っているのです。」

「は、はぁ……」

しのぶはやんわりと隊員の肩を避け朔夜の前へと出た。

「朔夜、どうしましたか?」

早く状況を知りたい一心ではあったが、しのぶのにこやかな笑みに朔夜は顔を歪めながらも気持ちを整え深く頭を下げた。

「無礼を承知でお尋ねいたします。この騒ぎ、冨岡様が鬼を庇ったというのは本当なのでしょうか?」

しのぶは困ったように目を細めた。しのぶの反応から、ああ本当なのだと朔夜は悟った。同時に義勇へも何かしらの処罰があるかもしれないということも予想した。

「そうですねぇ……。ただ、まだ事の詳細が分かってない今、むやみに状況を伝える事はできませんが……。」

「わかりました。……ひとつだけ。庇った隊士の名は、炭治郎……その少年ではありませんか?」

「何故それを……。」

やはり、そうなのだ。二年前の。
言い伝えではあるが、事情を知る自分が説明出来ればこの事態に収集がつくかもしれないと朔夜は考えた。

「胡蝶様……義勇……冨岡様は──……」

言いかけた朔夜の言葉は隊員二人がかりによって遮られた。朔夜は隊員に口を塞がれ両腕を掴まれた。

「この先はお館様の御膳だ!柱と関係者以外、この先への侵入を禁止する!」

「胡蝶様ッ……聞いてください……!」

朔夜は隊員の手を振りほどこうと抵抗した。どうしても伝えたかった。しかし隊員の手によってそれは尽く阻止された。しのぶはそんな朔夜に、貴女の気持ちはわかりますと前置いて眉を下げ口を開いた。

「貴女が伝えたところで、はたして他の柱たちが納得するでしょうか?少なくとも話すことすら叶わない者もいるでしょう。」

「…………。」

鋭い何かが身体を突き抜けたようだった。しのぶの言葉を聞いて朔夜は抵抗を辞め無言で佇んだ。考えの甘さに気付かされたのだ。しのぶの言うことは正論だ。庇い立てたのが鬼と聞いてそんな私的感情に揺らぐような者が柱ではない。だからこそこの鬼殺隊を支えてきている者たちだ。朔夜が何をどう伝えたところでそれは彼等の前でただの戯言でしかないだろう。

それに……特に自分からの言葉では、何も認められない。きっと何も変わらない。

諦めた朔夜を見てしのぶは申し訳なさそうに庭園の方へと消えていった。
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