波紋の刻

□お館様
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「冨岡義勇、如月朔夜!両名ハ本部ヘ迎エ!オ舘様ガオ呼ビダ!」

鴉が円を描きながら自分たちへの伝令を復唱する。いつもながら突然の伝令。その内容に耳を疑った朔夜は大きな目を義勇に向けた。

「私が、お館様に……?」

確かに鴉は自分の名を口にした。柱である義勇は分かる。しかし朔夜は一般隊士。直に呼びがかかることなど余程のことがなければそうはない。聞き違いかと義勇に確認を求めたが義勇は首を縦に振って肯定した。今回の任務に介し何か報告漏れでもあったかと思考を巡らせるが、それならばとうに鴉で伝えられているだろう。今の状況で思い当たる節がない。あまりの衝撃でしどろもどろしている朔夜に義勇は静かに立ち上がり言った。

「行くぞ。お館様を待たせるわけにはいかない。」

確かにそれはそうだと朔夜は頷いた。先程までの和やかな時間は何処かに、朔夜は妙な緊張を抱えたまま義勇に誘導されるように本部へと向かった。
本部の屋敷内へと足を踏み入れることなどほぼ無い。そもそも本部に足を留めている者など余程の重傷を負った者か本部近郊に自らの屋敷を構え持つことを許された柱くらいのものだろう。一般隊士は前線での任務を主とする為常に各地を飛び回っている。
朔夜も例外ではなく、先刻久方ぶりに義勇の屋敷へと足を運んだが任務で近くまで来たので立ち寄っただけで、以前義勇と顔を突き合わせてからは既に一ヶ月以上が経っていた。
義勇が柱に任命される前はよく同じ隊士として一緒の任務に赴いたものだ。担当する管轄区域が同じなので今でも任務を共にする時はある。しかし柱である以上義勇が出向くのは相応の鬼と対峙した時に限られる。柱になってからも義勇は招集命令が掛かるといち早く自分たちの元へ駆け付けてくれた。前線を共にしなくなってからでも変わらず何度もその背中に助けられたことを思い出す。朔夜は歩みと共に揺れる義勇の背中を見つめた。

「冨岡義勇、如月朔夜、今しがた参りました。」

義勇の言葉に朔夜ははっとした。本部内の長い廊下を歩いていたのだが、義勇はとある襖の前で足を止めた。その襖の向こうに自分たちを呼び出した主がいるのだろう。義勇の言葉に答えるように静かにその奥から声がした。

「入りなさい。」

その優しく落ち着いた声は自分たちの主君とする産屋敷耀哉のものだ。安らぎさえ感じるその声に不思議と朔夜の緊張は溶けていった。しかし幾分気のせいだろうか。朔夜の聞いたその声は、以前の耀哉のその声とは少し聞こえが違うような気がした。朔夜は疑問を宿しながら義勇に続いて襖を潜る。そこは畳み数畳分のこじんまりとした部屋だった。その奥に久しい耀哉の姿があった。その姿を目視して浮かんだ疑問の理由が明かされる。声に出すことは堪えたが、顔にはその心情が出てしまったであろう。顔を合わせる機会があるのだろうか義勇にはさほど驚いた様子は見受けられなかった。
床に伏せることが多くなったとは聞いていたが、病が進行したその痛ましい姿は朔夜が最後に見た耀哉その人ではなかった。耀哉はその病から盲目である。それでも何か察したのだろう。耀哉は自分たちに優しく微笑みかけ近くに寄るように促した。義勇と朔夜は一礼して正座した。
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