波紋の刻

□言葉足らず
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最終選別の始まる直前、藤の花の元に招集された人の中にその二人の姿を見かけた。これから過酷な試練が始まろうというのに、それを前にしても互いが互いを励まし合い笑い合っていた。周りは知らない人たちばかり。周囲に異様な程の緊張の空気が漂う中、朔夜にしてみればその二人が異端に見えた。頭に狐の面をつけた──……その時の最終選別の参加者の中で唯一記憶に残った少年たちだった。

朔夜より少しばかり歳を重ねた風貌。大人と呼べるにはまだ幼さが残る。確かにあの時朔夜の記憶にある義勇は笑っていた。

それがいつからか濃藍色の瞳の奥で葛藤に揺れ自責と後悔を浮かべていた義勇。その瞳はいつも物寂しそうに遠くを見ていた。それが当たり前になり、植えついた人間像がいつの間にか朔夜の中で知っていたはずのその人の姿まで霞めてしまった。

鬼殺隊を支える柱に抜擢されても尚、刀を振るう時でさえ義勇はいつも何かに躊躇いを持っているようだった。その強さも存在も全てを否定しているようなそんな悲しさを瞳に感じる。

そしてそれがあの最終選別をきっかけにと……それに気づいても朔夜はその背中に声をかけることすら出来なかった。何度か話し掛けようともしたが、その度に後ろめたさに足を引かれ話しかけることができなかった。何かをするわけでもなくただ遠くから見守ることしか……。


朔夜が参加した最終選別。あの年死んだのはたった一人の少年のみ。忘れるはずもなかった。朔夜がその少年に守られた最後の人間だったから……。

朔夜もまたそれが理由で鬼殺隊に残ることを選んだのだから。何の思いもなく選別に参加した朔夜にはそれがせめてもの償いと弔いだった。それ以外何をしても心が晴れることなんてひとつもなかった。それ程朔夜にとってもこれ程ない衝撃だった。
生を実感した瞬間、一晩中布団に蹲り声を殺して涙を流した。それでも身体に染み付いた恐怖は消えることはなかった。
低く唸る鬼の声。人と鬼の混ざりあった血の匂い。刀を持てば手が震える。今でも鮮烈な記憶として蘇りよく夢に魘されることがある。決して忘れた事などない。

命をかけて選別に望んだ者たちの前で朔夜は何も言えなかった。彼、錆兎がいなければ朔夜もまたここに生きている人間ではなかっただろうから。

鬼殺隊員として初めて自分の刀を託されただ一人日輪刀に色を灯せなかったあの日、己の非力さに悲観し軽蔑した。刀を握り共に戦う資格すら自分にはないのだと。
せめてその横に並べるように、並ぶことが赦されるようにと……死にものぐるいで今まで生き残り人の倍鍛錬を重ねた。その人と同じ色の刀を持てるようになった時、少しでも認められたようで近付けたようで一人静かに喜びを噛み締めた。全て忘れる事は無い。


躊躇いが作った時間という名の深い溝。同じ同期であるのに、そのうち軽々しく名で呼べない程……季節は何度目かの冬を迎えていた。
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