蒼+赫

□2話
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姉妹交流会は年に一度行われる仲間と己を知る為の恒例行事。まず一日目は団体戦で行われる。高専のエリア内に放たれた呪霊を東京校、京都校、それぞれどちらのチームが多く呪霊を狩ることが出来るか競い合うという実にシンプルなものだ。交流会が始まる正午までの待機時間、今回の業務内容を確認する為に美来は軽く敷地内の散策をしていた。生徒の名前、今回放たれた呪霊の性質、覚えなければいけないことは山ほどある。

「伏黒恵、と。……一年の生徒に二人も女の子いたかな……?」

独り言を呟きながら指を折る。相手に再起不能の怪我を負わせること及び殺害以外は何でもあり。普通の感覚の人間が聞けば何の冗談かと耳を疑うレベルのルールであるが、主に美来が担うのは何らかの理由で戦闘不能になった生徒たちのサポート。美来は今回自ら交流会への業務参加を申し出た。というのも伊地知から呪術や呪霊に関する一通りの説明は受けたが、自ら集積した情報と兼ね合わせ、生徒や教員、素より呪術に関する知見を実際の実戦任務に就くまでに得るには良い機会だと考えたからだ。帳や呪術ひとつ扱う事のできない美来だがこんな人間でも重宝されるのだから思っていた以上に人手不足は深刻のようである。美来は事前に手渡された資料を眺めながら教職員の待機場所へと向かった。つもりだった。

「あれ……」

ここは広い。建物も同じような様相で、何も考えず開けたドアの先にいたのは美来の知らない人物だった。金髪にゴーグルのような珍しい形のサングラス、それでいて背丈の高い白いスーツの男がドアを開けると立っていた。把握しているどの教師の風貌にも当てはまらないが、なんとも重厚な貫禄を放つこの男も呪術師なのだろうと当たり前のようにそう思った。加えて素人が見立ててもかなり位の高い呪術師だ。

「どちら様ですか?」

そう問われ、一瞬魅入ってだらしなく開いていた口元を引き締めた。

「すみません。建物を間違えたみたいです。」

「どちら様ですかと聞いているんです。まずは自己紹介でしょう。」

「あ、ハイ。補助監督見習いの光月美来です。初めまして。」

そうしなければいけないような気がして、教科書になぞらえたようなお辞儀をした。すると部屋の中からその様子を愉快そうに眺めていた人物がもう一人。

「まあ七海、そう堅苦しい挨拶なんて抜きにしてさ。彼女最近高専に来たばっかなんだよ。ほら今さっき説明したでしょ?僕が紹介したってゆう……」

その男の声を聞いた途端美来は下げた頭を勢い良く上げた。男は口元だけでにんまりとした笑みを浮かべながら、金髪の男を"高専時代の後輩の七海健人"だと紹介しこちらへと歩いてきた。その意味深そうな笑みに美来の勘がザワりとする。七海の横を素通りし、動物が息をするのと同じような自然な流れで悟は美来の右肩に手を乗せてきた。美来の視線は必然的にその手に注がれる。七海のサングラスの奥の切れ長の目も注意深くそれを見た。

「五条さん、それはどういうことですか?」

「どうもこうもー。」

「一応確認をしますが、マニュアルですよね?」

返事の変わりに悟は肩に乗せていた手をヒラリと振ってみせた。同じように美来の目線も悟の手の動きに合わせ上下する。ピタり。手の動きが止まったかと思えば今度はその手がそれぞれ美来の両肩に置かれた。悟はそのまま美来の背丈まで腰を落とすとその後ろから顔を覗かせた。

「彼女最強でしょ。」

悟は唐突に言い放った。間近で聞こえたその言葉が何度も脳内で復唱される。にかりと歯を見せ笑う悟に反し、美来は顔面を強ばらせどう反応をすればよいものかと押し黙った。しかしながら何やら七海は自分の中で納得した様子で、"このひとがアナタの言ってた人ですか"、そう言って特段顔色を変えることも無く美来の顔をまじまじと見てきた。

「本当に無下限呪術の発動下でも触れられるんですね。アナタなら五条悟でも殺すことができるんじゃないですか。」

真顔で放たれた物騒な一言に美来と悟は同じように噴き出した。揃いも揃って汚いですねと、七海はポケットからハンカチを取り出し自身の眼鏡を拭きあげた。悟が何を何処まで語っているのかは不明だったが、七海には全て話しているらしい。しかし七海の発言を冗談で済ませるにはその平穏な顔つきは石のように硬く、美来は信用されていないのだと憶測した。

「いやですね七海さん。そんなことしないですよ。」

美来は弁解する。

「冗談ですよ。それに今のは別にアナタに対し悪意を込めたわけじゃありません。五条さんに対する皮肉ですのでお気になさらず。」

人は代われど皮肉に違いはなかったのかと美来は引き攣った笑みを零した。それだけ冷静に返されるとどこまでが冗談なのか、安心感を通り越し何となく気圧されてしまう。隣からもカエルの潰されたような声がしたが、悟の反応を見ても後輩とはいえそれを言い合える程の関係性なのだろうと結論づけた。
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