紅舞ウ地
□初めての外界
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アリアは走って荷車を追いかけた。下り坂を利用し、荷車はスピードをあげる。どんどん離れて行く距離。
このままでは貴重な水が奪われてしまう。遣いのひとつも満足にこなすことができず、初めての外界がまさかこんなことになるなんて……クルーたちの呆れた顔が過ぎって妙な焦りと不安で頭はいっぱいだった。だから、窃盗犯を掴まえてどうこうするまでの頭はなかった。
しばらく走って細い路地に行き当たった。まさに辿り着くべくして辿り着いた場所だ。左右をコンクリートの建物で塞がれた路地裏。
その奥に立ちそびえる壁には鉄でできた大きなドアがひとつ。なんとも言えない圧迫感に包まれた場所だった。
鉄のドアが内側から開かれた。まるで男たちの到着を待っていたかのようだ。アリアが追いついた頃には、ドアの中から出てきたさらに数人の男たちの手によって、荷車はドアの向こうへと収められようとしていた。
「あっ?何ネズミを連れてきてんだ?」
自分の存在に気づいたひとりの男がそう呟いた。ハアハアと息を切らしながら、男たちを見上げると、男たちはニヤリと口元を吊り上げた。
「私たちの荷物……」
「ああ、これか?貴重な飲料水だ。海賊が……返してと言われて返す馬鹿がどこにいる!」
ギャハハと、男たちは腹を抱えて笑い出す。奪われてマヌケにも程があるのは自分自身がよくわかっていた。図星を得てなんとも言えない惨めな気持ちだった。自分ひとりでは、ただ罵声を浴びせられるだけ。仮にも白ひげ海賊団なのに…。悔しさにアリアは唇を噛み締めた。
その時ふと、違和感を感じた。
海賊……?
「はん、女かァ……まだちっと若ェが……」
ドクンと、何やら胸がザワついた。
男のひとりが自分を舐め回すように一見しながら近づいてきたのだ。
当然、自分は荷物を追いかけてそれを取り返し持ち帰るつもりだった。だけど、近づいてくる目の前の男が懐から取り出したものは、銀色が煌びやかに光る短刀だった。
「なあに、大人しくしてりゃ、痛いようにはしねェ。だが、ここが見つかっちまった以上、大人しく帰すわけにもいかねェ。」
男は刃先を自分に向けながら不敵に笑う。アリアは言葉を無くしていた。
これはつまり、そういうことだろう……。
護身用に持ったダガー……ハーデスがある。ただ、それに手をかけることができなかった。その刃を人間相手に向けたことなどないのだ。揺れる気持ちの中、男は確実に自分との距離を近づけてきた。そもそも、ざっと十人はいる。武器を持ったところで、海賊を相手に自分に何ができるだろうか……。はっとしたところで、男に腕を捕まれていた。
「痛いッ……!」
「一丁前に、腰に武器なんざさげてやがる。」
男はハーデスをとると地面に投げ捨てた。
──サクッ。
そこに響いたのは地面に擦れる鉄の音ではなく、軽やかな音だった。それには一同が驚いた。ハーデスが何の抵抗もなく、アスファルトの地面に刺さってのけたからだ。それはそうだ。あのダガーは本来ならば自分が持っているような代物ではない。
アリアは頭が真っ白になった。大人しくエースを待っていればよかったのだろうか……。
武器も奪われ、どうしようもない後悔だけに襲われた──……。