紅舞ウ地
□超えられない背中
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自分は生かされていいのだろうか……。それが赦されるのだろうか。
コイツらといれば、少しでもその答えに近づけるだろうか……。
そして……心底腹の奥から安堵するあいつの泣き顔を見て、何かが吹っ切れた。
──今、淡い期待と少しの不安がある。
「なぁ……」
「ん?」
アリアは遊泳をやめ立ち上がると、濡れた髪の毛を絞って無造作に解いた。飛び散った水滴が太陽の光に反射して、キラキラと輝いて見えた。自分には眩しいくらい……。
後ろで青々と彩る海も、今アリアの為にあるひとつのキャンパスのようだ。
エースの心はスッキリとしていた。
「……やっぱ、今のおれじゃァ、白ひげには敵わねェ。」
いつかマルコに言われた言葉だ。認めたくなくて無我夢中に否定し続けた。挑み続けることが自分の弱さを唯一否定できる手段だから。
こんな情けない話、そんなこととっくにわかっていると笑い飛ばされるだろうか……。白ひげはアリアのボスなのだから。
「今も、お前のおかげで……」
言いかけて言葉を止めた。
海から上がってきたアリアが力の抜けた表情で自分を見ていたから……。
蔑むような、思っていた通りの反応だった。急に心が乾いていくのがわかった。
コイツは何も悪くはない。それが普通の反応だ……。その目には慣れている。なのに、どうして今更こんなにも胸が苦しくなるのか自分でもわからなかった。
アリアは口篭る自分にゆっくりと近付いてきた。ザリザリと、砂を踏みしめる音さえも異様な雑音に聞こえて鬱陶しい。
アリアは自分の前にかがみ込んだ。
笑うなら笑えばいい……。
「二人とも助かってよかったね。」
エースは目を大きく見開いて固まった。アリアのその言葉で、自分の中にどれだけ捻くれた感情が渦巻いていたか思い知らされた。
予想に反してにっこりと笑いかけてくるアリアに、エースは喉を震わせた。
「……ッ……。」
ただただ、嬉しかった。
エースは前髪をグシャッとかきながら下手くそな笑みを作った。もう……痛いくらいよくわかった。
……これはグランドラインの海に起きた奇跡なんかじゃない。
自分を気遣うそんな優しい言葉はもういらない。
「ははっ、もういいんだ……。」
これは、お前がおれを……お前が…………
喉まででかかった、たった一つの言葉が、"他人を受け入れる"ただそれだけの言葉が……今までの自分にはどれだけも重かった。だけどそれも、もう終わりだ。
自分の想いを伝えよう、そう思ったその時だった。
──ドンッ!!
森の奥からけたたましい音が聞こえてきた。突如会話を割ったその"銃声"に二人とも思うところは一つだろう。それでもアリアは少し反応しただけで驚きのひとつも見せず、まだ自分の言葉を待ってくれていた。
こんな自分の話を聞いてくれんのか……。
「エース……?」
どこまでも自分を真っ直ぐに見てくれるアリア。
エースはフッと笑った。
──決心はついた。
「……話は後だ。ここは無人島じゃァねェみたいだ。」
「でも……今ちゃんと聞いておかなきゃいけない気がするのは私だけかな……?」
「……あとで必ず話すよ。大丈夫、ぜってェ逃げたりしねェ。」
エースは立ち上がるとポンとアリアの頭を叩いた。
「今は安全を保証する方が優先だ。話はそれからだ。」
自分の言動に大きく目を見開くアリア。心無しかその瞳は潤んでいるように見えた。
「うん、わかった。」
アリアはしっかりと自分の目を見てそう言った。
海水で軋んだ髪の毛の感覚が、いつまでもエースの手に残っていた。