紅舞ウ地

□始まりは唐突に
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ドアを開けて、思わずはあっと息を呑んだ。

広い甲板、鯨を象った船首。
一面に広がった海が飛び込んできて、ようやく状況を理解した。

『俺の息子になれ』

蘇るのは白ひげの言葉だ。何となく予想はしていたが、どうやらここは……紛れもない白ひげの船らしい。

「目が覚めたか。」

背中にかかった声に振り返れば、全身白い服に身を包み長髪を後ろにかき揚げた男がいた。防波壁に腰を下ろす男は白ひげ海賊団、四番隊隊長のサッチだと名乗った。途方に暮れ、すとんと壁に沿って座りこむエースをサッチは目で追う。
サッチは自分が気絶した後のこと、逃がしたはずの自分の仲間のこと……。聞いてもいないのに色々話していた。誰も認めたおぼえはないのに自分を仲間だとも言っていた。

馬鹿にしてる……。

無性に苛立って「うるせェッ!!」と、サッチに向かって悪態をついたが、当人はケロリとしていた。どいつもこいつも、この船の人間は今まで敵だった人間にどうしてこうも軽々しく話しかけられるのか……。
俯いていれば、コツコツと靴音が聞こえてきた。その床板を踏み鳴らす音の軽さは男のものではない。足音は自分の前で止まった。

「サッチ、この人思ったより元気そうだから、私もそろそろ帰るよ。」

少し高くて柔らかいその声はさっきの少女だった。”この人”というのはたぶん自分のことだろう。聞かずとも分かったが、エースは沈黙を保ち顔を上げなかった。

「送ってかなくて大丈夫か?だってお前、昨日……」

「平気。白ひげによろしく言っといて。」

少女はサッチの言葉を遮った。そんなよくわからないやり取りを聞いていれば、「じゃあね」と声がしてドキリとした。それは、自分にだろうか……。
間を空けて振り向くエース。しかし見えたのは既に防波壁に手をかけた少女の背中だった。見ていれば不意に振り返った少女と目が合った。少女は驚いた顔をしていたが、自分も同様だ。

ヤバい。なんとなくそんな衝動に駆られたのはつい反射だった。
特別悪いことをしたわけでもない子供が、苦手な人間を目の前にすると、つい過剰に意識してしまう。それに似たようなものだ。

後ろめたい気分になっていれば少女は口元を吊り上げた。にっこりと愛想のいい笑みを作って、そのまま船の外に飛び降りたのだ。不意打ちをくらわされたようだった。エースはポカンと口を開け少女のいた場所を見ていた。

……何でだ……。

驚きなのか焦りなのか自分でもわからない。なのに心臓はドクドクと波打っていた。そして混乱する頭でも状況だけは冷静に判断しようとする自分がいるのも確かだった。

「……おい。聞くが下は海だろ?」

「海だな。」

軽く返事するサッチにエースは慌ただしく立ち上がると船から身を乗り出して、少女が飛び降りたであろう場所を見下ろした。ここが船ならもちろん下は海だ。確認して、エースの顔から力が抜けた。見えたのは、ちょうどその真下に繋がれた小船。その上から、少女はこちらを見上げて悠長に手を振っていた。

「ちょっとビビったろ?」

言いながら、呑気に手を振り返すサッチ。隣で一部始終を見ていたサッチはニヤけていた。ムカッとして、エースはまた壁に滑るようにもたれ掛かると頭を抱えた。

「アイツ……白ひげんとこのクルーじゃなかったんだな。」

「なんだ、気になんのか?」

「ちげえよッ!帰るつったら自分とこの船に帰んだろ?!」

怒鳴り散らすエースに、なんだ聞いてたんじゃねえかと、サッチは茶化すように笑う。一々感に触るが言い返しはできない。黙っていれば呆れたようなサッチの溜息が聞こえた。

「そりゃあれだ。本人に聞きゃいい話だ。だってアイツ昨日……」

そう意味あり気に言うサッチの言葉の続きを、イライラしながらも聞き入れようとしている自分がいた。


昨日──……?

昨日ってなんだよ……
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