紅舞ウ地

□名も無き海賊の還る場所
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「太陽は暖かくて、空は蒼い──……。」


そしてまた、夢を見る。




蒼い空、白い雲。俄に聞こえる小波の音。
広い大海原に浮かんだ小船に、身を横たえる少女がいた。

「……すごくベター……。」

独り言を呟いて、少女は僅かに口許を吊り上げた。後に降り掛かるだろう災難が安易に予想できてしまうからだ。
それは八年という長い航海の中で自然と身に馴染み着いた防衛本能のようなものだ。
しかしながら、そんな経験の端くれが生かせるか、そう問われれば必ずしも首を縦に振ることはできない。どんな理屈や常識も覆してしまう、ここはそんな場所。

顔をすっぽりと覆っていたテンガロンハットの角を上げれば、たちまち前方の海面がドーム状に盛り上がった。


──ザバアァッ


波で船がゆらゆらと揺れる。水しぶきが頬を濡らして、同時に海中から姿を現した異質巨体。

”グランドライン”

もっといえばこの”新世界”を生息域とする超巨大海王類だ──。

「わぁ……」

見慣れていないというわけではないけれど、あんぐりと開いた口から押し出されるように言葉が漏れた。大鑑数隻に相当するほどの大きさに、獲物を捕らえる生物の殺気が肌に鋭く突き刺さる。いかに長けた海賊たちでも船旅を脅かされるのも頷ける。しかしそんな驚異を目の前にしても、まだ少女の顔には余裕が見えた。

「ふふっ。こんなこともあると思って……」

少女は不敵に笑うと、腰のベルトに下げていた掌サイズの小さな鉛玉を取り出して、それを海王類目掛け躊躇なく投げつけた。


──ドオォンッ!


たちまち閃光と爆風が海王類を呑み込んだ。煙で遮られた視界。その隙間から時折射し込む陽の光が目元にチラついて少女は目を細めた。
しばらくしてシンと静まったそこに生き物の動く気配はない。少女はふっと小さく笑うと、激しい噴煙が巻上がる海に背を向けた。

「さすが、特製小型爆弾の威力は十分!」

そう、得意気に言い放って。少女の顔は優越に満ちていた。しかし、そんな余韻が続くのはほんの束の間だった。

ぐうぅっ……。

空腹を知らせる腹の音が鳴り、直ぐに現実へと引き戻されるわけで。

「うっ…………お腹、空いたなぁ……。」

ここにそんな欲求を満たせるものは何も無い。人ひとりで余裕があるくらいの小船には、女ひとりとたった一本の釣竿のみ。がっくりと項垂れて、少女は途方もなく海を眺めた。
島もなければ海賊船の一隻すら見当たらず、見えるだけでも辺り一面は海一色。それに伴って、気が遠くなるほどの水平線が永遠と続いているだけだった。

「……この際、海軍でもいいかも……なーんて……流石にそれだけは言えないか……。」

少女の深い溜息と、その声が聞こえたのは同時だった。
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