波紋の刻

□分裂
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二階の窓から屋内へと入り朔夜がまず把握した状況はこうだ。そこには柱である天元もいて、天元が堕姫の頸を既に斬ったということ。堕姫は斬り落とされた自らの首を抱え泣いていた。朔夜が何より困惑したのは堕姫は頸を斬られても尚死んではいないということだ。そして朔夜が状況を飲み込む頃には、堕姫の背中からもう一体男の鬼が現れ現状二体の鬼が目の前にいる。
その脅威を悟った天元がすかさず攻撃を仕掛けたが、男の鬼は天元の攻撃速度を凌ぐ反射速度で堕姫を連れ部屋の隅へと移動した。泣きじゃくる堕姫をまるで子供でもあやすかのように男の鬼は宥めている。どうやら男の鬼は堕姫の兄であるということがその会話から推察出来たが、朔夜は自分のすぐ目の前で背中を向けているはずの鬼に刃のひとつ向けることができなかった。
鬼が背中を向けているこの隙に自分が鬼の頸を斬らなければと思いはするが、気持ちに反して身体は刀を振るう事を拒否していた。その間合いに踏み込んではいけない気がした。

「朔夜、下がれ!」

躊躇しているところに天元の呼び声がして朔夜の意識は引き戻された。朔夜は咄嗟に二体の鬼から距離をとった。そのまま鬼に攻撃をしかける天元の姿を確認したが、瞬きする一瞬の間でそこに血を流し立っていたのは鬼ではなく天元であった。

「宇髄様……!」

天元の額から滴る血に朔夜は焦りに満ちその名を叫んだ。柱ですらも容易に攻撃を受けるのかと朔夜は我が目を疑った。先程まで硬直したように動かなかった身体が指先からじわりじわりと熱を取り戻していく。朔夜の中に渦巻く混沌とした感情が身体を侵食していたその恐れすらも解いていった。

男の鬼は華やかな天元の容姿に対し執拗な妬ましさを感じていた。その全てを否定し天元に殺意を向けている。それに煽りかけるように堕姫は他の鬼殺隊の人間も殺してほしいと懇望した。男の鬼はそれに応え全てを殺し尽くすと言い放った。自分たちの前でそれを平然と語る鬼に朔夜は顔に憤激の色を漲らせ声を震わせた。

「……簡単に人の命を語るな。お前たちのせいで苦しみながらそれでも必死に今を生きている人間だっているんだ。これ以上……もう何も奪わせない。」

朔夜が鬼に対しこれほど心の内を曝ける事は珍しかった。言葉にしなければ本当に何もかも失ってしまいそうで。それほどそれを感じさせる上弦という鬼の存在に朔夜は精神的に追い詰められていた。そして鬼にそれを言ったところで何も変わらないことは分かっている。何も理解されず過ぎ去ってしまった人の過去だってもう変わらない。ただ突き付けられるその現実に自分が虚しくなるだけ。言葉は何の意味も持たない。
朔夜は揺れる瞳に確かな怒りを露わにした。どこまでも深く冷たい視線を鬼に向ける朔夜。そんな朔夜に天元は何も言わず視線を落とした。

「お前ら人間の事なんてどうだっていいさ。だって俺は鬼だからなああ。」

男の鬼は躊躇いのひとつ見せず言う。人を、命をなんとも思っていないその目に朔夜は話し合う事など到底無理だと理解した。結局は誰かが戦わずして得られる日常は無いのだと、朔夜の気持ちは急速に渇いていった。

「取り立てるぜ。俺はなぁやられた分は必ず取り立てる。死ぬ時グルグル巡らせろ。俺の名は妓夫太郎だからなああ。」

"妓夫太郎"そう名乗った男の鬼は、自身の武器である鎌を両手に持ち自分たちへと攻撃を放った。部屋の隅には静かに身を潜めていた民間人がいる。天元はすかさずそれに反応し、朔夜も型を出した。頸を狙うまでの反撃はできなかったが、傷を負うことはなく自分たちと民間人の身は保守することができた。

「妬ましいなぁあ。お前本当にいい男じゃねえかよ。なあぁ。人間庇ってなぁあ。格好つけてなぁあ。いいなぁ。」

妓夫太郎は尚も天元に執着しボリボリと自身の身を掻きむしりながら続ける。

「そいつらにとってお前は命の恩人だよなあ。さぞや好かれて感謝されることだろうなぁあ。」

妓夫太郎は妬ましさを露わにする。これまで何も言わなかった天元がそれを聞いて静かに口を開いた。

「まぁな。俺は派手で華やかな色男だし当然だろ。女房も三人いるからな。」

それをさらりと言ってのける天元に双方に無言の間が出来た。妓夫太郎に日輪刀を向けたままの朔夜の額から汗が一筋流れ落ちた。その向こう意気の強い発言には朔夜ですらもしばし放心した。宇隨様……と、朔夜が心の中で垂れ流した声が周囲に聞こえることは無かったが、無論天元の発言は妓夫太郎の更なる怒りを買った。

「お前女房が三人もいるのかよ。ふざけるなよなぁ!!なぁぁぁ!!許せねぇなぁぁ!!」

妓夫太郎はその怒りを攻撃に込めた。
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