波紋の刻

□季節が巡って
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あれは確か……鬼殺隊へ入隊して半年程が経った頃だった──。

赴いた任務で一般隊士の中にその姿を見つけた。聞けば自分と同期と言うがあの最終選別にいたということなのだろうか。それすらも覚えていない。同じ任務へ就くのもこれが初めてのことだった。
淡い紫色の藤の花が描かれた羽織に黒く長い髪を後ろでひとつに結ったその容姿。特段華やかなわけでもないが、男たちの中にひとりその姿は嫌でも自分の目に着いた。

だけど自分にとっては他の一般隊士と何ら変わらなかった。殆どの隊士の名前すら知らない。今日見た顔が明日にはいなくなる。そんな中で必要以上の馴れ合いは無意味だった。

しかし、半年、一年。どの任務へ就いてもその顔を見かけないことはなくなった。バタバタと当たり前のように周りの人間が死んでゆく中で、気づけば自分が知る僅かに残った顔ぶれの中のひとりとなっていた。

その容姿やこれまで生き残ってきたという事実よりもどちらかといえばその独特の呼吸法が自分には強く印象づき、初めてその人間をただの一般隊士ではなくひとりの個人として認識したのを覚えている。
自分と同じ"水の呼吸"を扱う者として多少気が引かれるものがあったが、よくこの程度の剣技で生き長らえてきたなと呆れにも似た感情を抱いたものだ。彼女、如月朔夜は正直お世辞にも実力で生き残ったというには乏しい剣技しか備えていなかった。少なくとも初め自分にはそう見えた。

そしてそれが鬼の頸を刎ねるためではなく仲間を守る戦い方だということに気がついたのはそれからしばらく任務を重ねた頃だった──。


「そんな甘い考えで戦いに参加するな!」

義勇は朔夜に厳しい言葉を浴びせた。それと同時に自分たちの足元に、今まさに朔夜が守ろうとした隊士の首が転がった。あと一歩、自分の一太刀が遅ければこの隊士だけでなく彼女自身もこうなっていただろう。

下弦とはいえ十二鬼月を前に自分の命すらも危ぶまれている、そんな戦いを強いられている最中に。朔夜は迫り来る鬼の攻撃から仲間を守ろうとしたのだ。

「そんな震える手で全てが守りきれるなどと、甘い考えを持つな。己を守れない者は己の責任だ。」

「……私は鬼に大切な者を奪われたわけではありません。確かに怖いですが……だけど泣き言は言いません。」

「なら尚のことそんな生半可な気持ちで刀を握るな。お前は何のための鬼殺隊士だ。」

義勇が言うと朔夜は言葉を詰まらせた。必要最低限任務に関しての義務的な会話を交わすことはあったが、奇しくもこれが朔夜とまともに交わした初めての会話だった。忠告しても尚、それでも朔夜は守る姿勢をやめなかった。といっても隊はほぼ全滅。残るは自分と朔夜の二人のみ。他の隊の状況ですら掴めないままだ。

流れるような水の呼吸に似つかわしくない荒削りな型で、朔夜は自分の邪魔をしないように且つ背後を守るように動いた。

「──無念と後悔、そしてそれに縛られた人の為です。」

朔夜が不意に何かを口にしたのは分かったが、斬撃の音に紛れ彼女が何を言ったのか義勇にははっきりと聞きとれなかった。その後も変わらず接してくる朔夜の態度に特段気にも止めず、過酷な鬼との戦闘でそんなことも頭の隅に消えていった。
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