波紋の刻

□抗いの刃
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心に漂う戸惑い。今宵は一段と心が乱された。それは上弦の鬼と対峙しているからなのか、それとも底知れない人の姿を目の当たりにしているからなのか。朔夜は炭治郎に恐怖すら感じた。無謀とも思えるその強行的な力に。何か大切なものが壊れてしまうような……そんな悲しい予感がした。

「炭治郎……」

呼びかける朔夜に炭治郎は大丈夫だと言わんばかりに薄く笑いかけ堕姫へと向かっていった。正気は保っていると一度は安堵したものの、それで全ての不安が拭い去れたわけではなかった。炭治郎の一挙一動を追っている自分がいた。たとえどれ程の理不尽と横暴に曝され、どれ程の怒りや憎しみを抱え刀を握ったとしても……それでも朔夜は退くことを願う人間だ。甘い戯言だと罵られようがそれでも必ず生きて帰れと願う。

炭治郎は巧みに斬撃を繰り出し堕姫を追い詰めていった。力も先とは桁違いで動きも速い。明らかに何かが変わったことは明白であった。額の痣……のせいなのだろうか。朔夜には入りいる隙がなかった。その張り詰めた緊張感に身動きひとつとってはいけないような錯覚さえ覚え、このまま鬼を倒すことができるのではないかと朔夜の心の隅に淡い期待が宿った程だ。しかしそれとは裏腹に、炭治郎が強靭な力を見せつければ見せつける程朔夜の不安は増していった。無心で向かっていくその姿はまるで鬼のようだ。これだけの戦闘を続け痛みや疲れを感じてはいないのだろうかと朔夜は疑問に思う。炭治郎は尚人形のように涼し気な顔で刀を振るう。自分ならばさすがに息のひとつ上がっているところだ。そしてその不安は確信に変わる。一瞬炭治郎の動きが鈍った。朔夜はその違和感の正体にようやく気づき、すぐ様建物の屋根へと飛んだ。炭治郎は確かに強くなった。だが……なぜもっと早く気づかなかったのだろうか。
目の前には地に項垂れる炭治郎の姿と、それを見て唖然と立ちすくむ堕姫がいた。炭治郎は深く咳き込みまともに刀を握ることすら出来なくなっていた。人には必ず限界というものがある。人それぞれその値は違えど人である以上必ずそれは存在する。朔夜はすかさず刀を構え炭治郎と堕姫の間に斬り込んだ。

「……炭治郎ッ、炭治郎!!しっかりしてッ!ゆっくり呼吸を……!」

朔夜は叫ぶ。その息苦しさが炭治郎の姿が背中越しで目に見えていない朔夜にも伝わった。

「そうよね。傷も簡単には治らないし、そうなるわよね。お返しにアンタも首を斬ってやるわよ。」

堕姫の帯が再び自分たちを捉えようとした時、朔夜はもうひとつの鬼の気配に気がついた。朔夜は堕姫に応戦しようとしたがそれを辞め、咄嗟に炭治郎を抱え守るように身を伏せた。堕姫の後ろに炭治郎の妹である禰豆子の姿が見えたからだ。耀哉の容認を得ているからでも義勇がこの二人を見逃したからでもなく、朔夜は朔夜なりにこの兄妹を信頼していた。何より禰豆子の目は兄を守りたいと思う気持ちそのものであったから。

「御免なさい。どうか……少しだけ……。貴女の兄さんを休ませるまで……助けて。」

禰豆子に言葉が通じているかは分からない。だけど伝わってはいると信じた。背後から禰豆子の蹴りを受けた堕姫は頭部を激しく損傷させ吹き飛んだ。鬼とはいえ禰豆子を戦わせることに後ろ髪を引かれる思いではあったが、朔夜は禰豆子にその場を任せ炭治郎を介抱した。きっと炭治郎も禰豆子が戦う事を望んでなどいないはずだ。炭治郎は既に気を失い呼び掛けにも反応しなかったが、口元に手を当ててみれば小さくではあるが少しづつ呼吸は戻っていた。

朔夜は懐から義勇からもらった巾着を取り出した。元は何も入っていない小柄な巾着であったが、もらった以前より厚みが出ているのは任務時に立ち寄った境内で購入した御守りの木札が入っているからだ。朔夜はそれをそっと炭治郎の手に握らせた。

「さっきは助けてもらったから、今度は妹さんを助けないと。」

朔夜は静かに立ち上がると日輪刀を握り締め禰豆子の元へ向かった。
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