波紋の刻
□変装
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「最近西の山で行方不明になっていた赤ん坊が見つかったのを知っているか?」
「ああ、我が子の代わりと思うてか四足の動物が連れ去っていたというやつか。」
「なんでも若い二人の男女が見つけたらしいが、赤ん坊を家族に引き渡すと名も名乗らずに姿を消したらしい。」
「若者が夜中に人里もない山中を出歩くもんかねえ……動物が人間をという話も信じられん。大方その二人が怪しいもんじゃ。」
「なんせ地主の家だったらしいじゃないか。大方金銭目当てか。罪のない赤ん坊に急に罪悪感でも感じたんだろうか。ああ、恐ろしい……」
天元らとの道中、沿道から聞こえてきた噂話に朔夜は静かに聞き耳を立てていた。何を言うわけでもなく朔夜のその顔にはみるみる苦悶の表情が浮かんでいく。朔夜は気持ちを押し殺すように小さく息を吐いた。
「どうしたの朔夜ちゃん?顔色が良くないよ?」
そう言うと善逸は心配そうに朔夜の顔を覗き込んだ。朔夜は複雑な表情を浮かべながらも気のせいだと否定した。
「それより話は終わりましたか?」
「えっと……それは誰に対して?」
苦笑いを浮かべる善逸に朔夜は無言で前を歩く天元、炭治郎、伊之助の三人を見た。本当にこれが任務前なのだろうかと疑うほど先程まで誰が山の神だ祭りの神だと三人で騒ぎ立てていたところだ。朔夜の視線に気づいた天元はすかさず口を挟む。
「如月朔夜、お前は俺が神である事に対して不服そうだな?」
「滅相もございません。私は柱の方々を己の何よりもお慕いしております。」
朔夜は清々しい表情を作った。
「ほーう。いい答えだ。」
内心は言っている意味の半分も理解出来てはいないのだが。そんな朔夜に構わず天元は満足そうに笑んでくるりと背中を向けた。
「花街までの道のりの途中に藤の家があるからそこで準備を整える。」
ついて来い、唐突にそう言ったかと思えば目にも止まらぬ速さで天元はその場から姿を消した。
「えっ?消えた!!」
どよめく三人に対し朔夜は冷静に善逸の肩を叩いた。探し人の姿がある方角を静かに指さしながら。遥か先の道を行く天元はかろうじで人の姿だとわかるくらいに小さくなっていた。
「これが祭りの神の力……!!」
「いや、あの人は柱の宇髄天元さんだよ。」
興奮気味の伊之助に炭治郎が答える。柱と同行しているというのにそんな緩い会話が続いた。もう何も言うまいと朔夜は声一つ出ない平穏さを保った。
朔夜はまだ俄に信じがたかった。他人の事を言えた口ではないがそれでも天元がこの三人を選んだことが。少なくとも鬼殺隊に入隊して浅い頃など到底余所事を考える余裕さえなかった。常に神経を尖らせ緊張から身を震わせていたのだがこの三人にはそれがないのだろうか。それともこんな若い隊士達がこの数ヶ月の間にそれをゆうに超える経験を積み成長したということか。
「追わないと追わないと!!ほら、朔夜ちゃんも早く!!」
「あっ、ええ……」
善逸に促され朔夜ははっとする。善逸と共にした任務もそうであったがこの三人に朔夜は他の隊士とは違う何かを感じた。それを言葉で言い表すことは出来ないが。その不思議な空気に呑まれてしまえばまともに鬼と対峙出来ないような気がして朔夜もまた三人に続き走り出した。
どちらにせよ、また若い者が平然と必然的に刀を振るわなければならないことに朔夜はやり切れない想いを抱いた。