波紋の刻

□共闘
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朔夜の使う水の呼吸は同じ水の呼吸を使う者と比べても風変わりである。技の途中であっても繋ぎに我流の動きを取り入れ、瞬時にどの型へえも切り替えることをするからだ。それは元々抜き出た才能もない朔夜が他の隊士に劣らないようにと短所を補う戦い方をしていた時に身につけたものだ。
力や剣術で勝れずとも順応した型を適所に出せば単純に剣術に長けた者よりも戦いが有利に動くことが多かった。守りの水の呼吸と敵に隙を与えない動き。義勇が型に準えたものであるならば、朔夜は極限まで自身の色を染め込んだ呼吸であると言える。それを違和感なくこなすことができるのは朔夜だけである。鬼殺隊の中でそれもまたある種の才能だと気づいている者は極少数。己には剣術の才能がないと当の朔夜自身が自己否定的な態度を周囲に取っているせいもある。

地面に足をつけた時義勇と朔夜は背中を合わせた。ふうっと一息ついた呼吸が背中越しに伝わり合う。互いに己の対峙する鬼を相手に技を出し合い、それでいて己同士で斬り合うことも無く。流れるような呼吸の息であった。加えて朔夜には義勇が何の型を出すのか型の体勢に入らずとも直ぐに分かった。義勇が間を置いて言う。

「……鬼を倒す術は見つけたか?」

「おそらく……喉に振動を起こし、刃が届く寸前に太刀筋を変えているんだと思う……」

「頸は斬れそうか?」

「勿論。」

鬼を倒す術がなかったにしろ朔夜はこう答えただろう。それは己が鬼を倒すという義勇の期待を裏切らない為の気持ちの現れでもあった。朔夜は両手で刀を高く構えるとゆっくりと呼吸した。それは拾ノ型まである水の呼吸のどの型の構えでもない。

「水の呼吸、無の型。鏡花水月──。」

朔夜の姿が揺らめいた。水面に映る自身の姿のように朔夜の残像を追った鬼は瞬時に背後へと回り頸を狙う朔夜に気づいてはいない。このまま頸を斬れるか──。朔夜が刀を振り下ろした時、義勇が対峙していた鬼がそれに気づき叫んだ。

「馬鹿野郎!後ろ……だ……グヘッ……ッ!」

「余所見をするな。お前の相手は俺だろう。」

「鬼殺隊……がぁ……」

少しの隙を許した鬼は義勇によって頸を斬られた。かたや朔夜の対峙する鬼は後方へと振り向き口を開いた。またあの攻撃が来ると朔夜は身構える。一度攻撃を受けてからは型で上手く凌いでいた朔夜だが、もう刀を振り下ろす動作に入ってしてしまった今避けることは不可。ならばと朔夜は最小限の時間地面に足をつけた後、その一歩で大きく体勢を変えた。それは鬼を倒した義勇が助太刀をしようと足を踏み出したのと同時だった。

片足で踏み込んだはずの朔夜の一歩には地面を陥没させる程の力が込められていた。この鬼の音圧を切り抜けるとするならばそれ以上の力で対抗する他ない。無理な戦い方をするなと義勇は思っているかもしれない。それでも己が頸を斬れず黙って見ている訳にはいかない。身体に膨大な反動がかかることは承知の上だった。
朔夜は極限まで下肢に意識を集中させた。良い模範として以前に任務を共にした善逸の技が頭にあった。霹靂一閃。名の通り荒々しくも威力、速さに長けた雷の呼吸の技。反して水の呼吸は攻撃と言うよりは水のようにどのような形にも変幻でき、柔軟性のある守りの戦いに適した呼吸である。それによって如何なる敵にも対応できる利点もあるが、強く手強な鬼の頸を斬るには少々使い手の実力に左右される。柱程の実力があればそんな悩みを抱えることはないのだろうが。雷の呼吸を応用する。これが今自分にできる最大限だった。

朔夜の身体が血鬼術に晒される。まだ力が足りない。このままではまた押し負ける。完全に地面に動けなくなる前にと、勢いを殺さず朔夜は更に呼吸を集中させもう一歩強く地面を蹴った。ビキビキと骨の髄まで軋み響き脚の血管が何本も切れる感覚がした。それでも朔夜は呼吸を絶やすことを止めなかった。


水の呼吸、弐の型、水車──!


限界まで意識を脚に。朔夜は勢いをつけ身体を大きく回転させた。脚から腕に一気に力を移行させ、朔夜は鬼の血鬼術を凌ぐ速さと力で斬り込んだ。

「ああ……ついてねェ……。小せえのですら喰う事ができなかったってのによォ……」

頸を斬る瞬間、ポツリと鬼が呟いた言葉が朔夜の耳に残った。違和感を覚えながらも朔夜は鬼の身体が崩れ落ちる最期までその姿を見届けた。
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