波紋の刻

□任務
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華やかな繁華街。飲食店等の商業施設が建ち並び多くの人で賑わっている。早朝にも関わらず行き交う人の声は活気に溢れていた。その中に朔夜の声が混じった。

「団子を二人分お願いします。」

店の奥から朔夜の声に答える年配の男の声がした。暖簾を潜ると朔夜はふと店先の縁台に目を止めた。そこに座る義勇は静かに人の波を目で追っていた。どんな気持ちで何を考えているのかと、そんな想いを寄せながら朔夜もまたその隣に腰掛ける。朔夜も同じように人の波に視線を向けた。

家族連れ、恋人、年老いた老人、若者。幾多の人がいる。だけどどの人も幸せそうだ。今という時を幸福に生きている瞳。ふとした時そんな何気ない人の日常を羨ましく感じるのだろうかと思う。本来ならば鬼殺隊の誰しもがそういう日常を送っていたはずなのだ。しばらくして茶と共に串に連なった団子が出てきた。店主はその顔に深い皺を作りにっこりと微笑んだ。

「今日は珍しく二人で来てくれたんだね。いつもありがとう。」

朔夜と義勇はきょとんと同じ顔を店主に向けた。店主の言うように、義勇と朔夜が二人でこの団子屋を訪れたのは初めてのことである。しかし店主の口振りはまるで二人が知り合いであることを以前から知っているかのようだった。朔夜が店主の前で義勇の名前を出したことはない。義勇の反応を見てもそれは自分と同じだろう。この団子屋は朔夜がよく通う店ではある。だけど義勇は朔夜への手土産を買うために数回足を運んだ程度だ。疑問を浮かべる二人を見て店主は含み笑いをした。

「わしは鼻が効くんだ。ふたり共よく桜餅を買って帰るだろう?それで覚えていてね。その時、同じ人の匂いがしたんだよ。」

朔夜からは義勇の、義勇からは朔夜のと店主が言う。鼻が効くそう言われて朔夜は炭治郎の存在を思い浮かべた。身近に同じような人間がいた事で二人はすんなりと納得することができた。

「君らは仕事仲間か何かかい?」

「はい。今日は仕事で街へ。」

「そうかい。峠を越えて来たんだろう?」

店主の問いに朔夜は小さく頷いた。それも"匂い"で分かるのだろうか。店主のその言葉には不思議な感じがした。表情は笑顔を絶やしてはいないが店主の瞳の色が変わったように思えた。

「あまり遅くならないうちに帰宅するんだよ。夜はどんな奇怪なものが現れるか分からない。」

朔夜は僅かに眉を顰め間を置いて頭を下げた。

「お気遣いくださり有難うございます……。」

義勇は無言のまま店主を見ていた。腹を満たすとまた来ることを店主に約束し二人は団子屋を後にした。雑踏の中を足を進めながら朔夜は抱いた疑問を義勇に伝えた。

「これまでああいう言い回しをされたことがなかった。」

夕刻に団子屋を訪れても。気をつけて帰りなさいと、社交辞令的な挨拶を交わすことはあったけれどと朔夜は言う。義勇ははたと自身の羽織の袖を広げ匂いを嗅いだ。

「鬼の匂い、か……?」

ああ、と朔夜は頷いた。昨日まで任務へ出ていた義勇には鬼の匂いが残っていても可笑しくはない。朔夜もまた義勇の羽織に鼻を近付けた。いつもの義勇の匂いだ。二人は顔を見合わせるがどちらも分からないといった思いを瞳に浮かばせた。到底、一般的な人間の嗅覚には分からないものだ。しかしそれが鼻の効く者には、善のものか邪のものであるかまで判別がつくらしい。
嗅ぎ分けた鬼の匂いから危険を察知した店主は忠告してくれたのだろう。どちらにせよ店主が鬼の存在を知る様子ではなかったのでそれは偶然なのだろう。

「早く原因を探るぞ。」

「うん。」

足を進める義勇の背中を朔夜は追った。鴉から伝令が伝えられたのは数時間前。明け方のことだ。鬼の情報収集に当たるようにと。街で起こる奇怪な殺人事件の原因を突き止めろとの指令だ。

刀を抜くことだけが鬼殺隊の仕事というわけではない。人や動物、鬼以外の仕業であることもあるが、そこに鬼の存在を否定できない限りその原因を明らかにすることも鬼殺隊の仕事のうちだ。

今回義勇と朔夜二人での任務を要請された。ここは義勇の管轄する区域でもあり、単に情報収集に当たるには他の者をよこすのが妥当であると耀哉は考えたのかもしれない。刀を振るうことに関して言えば義勇は人並み外れた実力があるが幾分人との関わりは苦手とする。そこに今己の刀を持たず前線の任務に就けない朔夜は丁度都合がよかったのだろう。

だから今日に限り日輪刀は人目につかないように布で被い小脇に抱えて持ち歩いている。世に鬼の存在を認知されていない鬼殺隊は政府不認可の組織。こんな人通りの多い場所だ。廃刀令を敷かれた御時世に堂々と刀を腰に下げて歩くというのは鬼とは別の意味で厄介であった。
それに関して朔夜は詳しくは知らないが、昔しのぶが義勇の事で愚痴を漏らしていたことがある。どうやら日輪刀を廻って一般人との厄介事に巻き込まれたらしい。今朝も何の躊躇いもなく腰に刀を刺した義勇を朔夜は引き止め、そうはならないように今日は予め対策を講じてきたわけだが。

しかしながら街で起きる奇怪な殺人というのが仮に鬼の仕業だとするのならば、やはり夜にならねばその足も掴むことができないのではないかという懸念はあった。
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